小説−短・中編部屋

□渇いてゆく喉
1ページ/2ページ

足りない

人にとって水が最低限の生きる糧ならば

私にとって貴方がそれ

貴方が足りない

傍で私を満たして下さい

からりと渇いた私を隅々にまで――


...∵∴∵∴*


正直、私自身ここまで彼に執着をしているつもりはなかった。
それなのにふとした拍子に彼の事を考えている自分がいて嫌になる。
自分はこんなに弱い人間だったか…?
他人に構うなんて自分の時間が勿体無い。
そう考えるのが己では無かったのか。

「ジェイドー、何難しい顔してんだよ。」
背中に感じる温もり。
「いやー、何処かの子供が明日ヘマを踏まないかと心配で心配で。」
「それ、さりげなく喧嘩売ってんのかよ。」
顔が見えなくても分かる彼の表情。
その真っ直ぐな子供が鬱陶しく感じていた筈なのにいとおしく感じ始めたのかは何時からだったか。
「いえいえ。そんなつもりじゃあ無いですよ。」
この温もりは明日で無くなる。
世界と引き換えに……または被害者の被験者(オリジナル)と引き換えになのかは分からない。だが、確実に明日、失う。
「ジェイド……明日、大丈夫……かな。」
「何が、ですか。采はもう投げられました。動くしかありません。」
キツい事を言いたいのではない。
それでも口は勝手に動く。
合理的な考えへと。
「うん……けど、さ……やっぱり、怖いんだ。……どうしても。」
後ろにある肩が震えていた。
体を返し、顔を見ると案の定頬を涙が伝っていた。
「……はい。」
何を言っていいかすら分からない。
天才だなんて嘘だ。
こんな時に全く役に立たない頭しか持ち合わせていない。
「お、れ……。わかるんだ。もう、消える……って」
悔しかった。
"天才"だというのに目の前の子供すら救えない。
ただ見守るしかないのだ。
すぅ、と彼の指先が透ける。
見たく無くて力強く抱き締めた。
「ジェイド、ごめん……それから……ありがとう、な」
「何を貴方が謝ってるんです。私は無力だ。貴方すら助けられない。」
目の前の子供の様に泣ければいいのに。
そうすればこの苦しい気持ちを少しは流せるのかもしれない。
「だって……さ?ジェイド、夜遅くまで俺の為に色々、模索…してくれた。」


けれど貴方を助けられない。


「俺を、作ってくれた。」


ただ、愚かしい罪を生んだだけだ。


「俺を愛してくれた。」


これからも愛し続ける。


「だから、ありがとう。」
「私は……余りにも非力だ。」
小さく吐いた息。
彼の短く朱い髪を揺らした。
「んな事ねぇって。」
依然として震える背を擦る。
「すいません。私には何を言えばいいかわからない。」
「何も、いいよ。ただ……一緒にいてくれよ…。」
「大丈夫ですよ。私は此処にいます。」


……どの位抱き合っていたかはわからない。
だが私の口は勝手に論理的な事を言い、抱き合ったままではあるがベットに横になる事となっていた。
本当は話していたいのかもしれないのだが……。
「ルーク……愛しています。」
「俺も、ジェイドを…愛してる。」
額に唇を落とす。
泣いたからか紅潮した顔が一層赤くなった。
「ずっと待っていますからね?」
「うん。」
「帰ってきたら……覚悟していなさい?」
「なんだよそれ。」
「いやー、まあ、ベットの上でああしてこうして……」
「うわわっ!……まあ、覚悟してる。」
無理だと自分達が最もよくわかっている約束。
けれど言わずにはいられなかった。
だから言って幾度も口付けて、抱き合ったままで眠りに付いた。










そして次の日。
彼は消えてしまった――









...∵∴∵∴*


足りない

人にとって水が最低限の生きる糧ならば

私にとって貴方がそれ

貴方が欠乏していく

いくら喚いても還らない

満たされぬままに、ただただ渇いてゆく――



〜fin〜
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ