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□7.突撃!隣の小磯さん
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「突撃!隣の小磯さん!」
「…へ?」
いえーい皆さん元気してます?私はこの通り元気いっぱいですよ。そりゃもう元気すぎて現在進行形で逆立ち歩きしてるレベルで。
「どうもささきです」
「ななちゃん!お腹見えてる…っ」
「へ?うわああああ!」
顔を赤くしながら指摘する小磯さんの言葉に、私まで赤くなって慌てて体制を戻そうとしたら思い切り頭から廊下に激突しちゃったわけで。目の前がちかちかする。
「ななちゃん大丈夫!?」
小磯さんは心配して私に駆け寄ってくれる。私はぴーすぴーすとVサインを作って、ぎこちなく笑ってみせた。くそう、結構痛いぞ。
「それで…僕になにか用事?」
「あ、はい。実はそーなんですよ」
「なにかな?」
「数学」
「へ?」
「数学。教えてもらいたくて」
私は数学のテキストをずい!と小磯さんに見せてそう言った。直美さんから聞いたけど、小磯さんは数学オリンピックの日本代表にあと一歩でなれなかったという、まあ惜しいところだけど凄い人らしい。私は五教科のなかでも数学がダントツに苦手だ。だから小磯さんに教わりにきたのだ。
「ああ…そっか。ななちゃん、受験生だもんね」
「実はそうなんです」
「いいよ。僕にできることなら協力する」
「ほんとですか!いえーい」
私は小磯さんの部屋に「おじゃましまーす」と言いながら入って、置いてあった木製のテーブルに筆箱とノート、それにテキストを置いた。
「塾の問題なんですけどね、この問題がどうしてもわからなくて…」
「ああ。これね」
問題を一問指さすと、小磯さんの目の色が一気に変わった。
…ん?
「今ここで答えを求められてるのは食塩水の濃度がはじめは何パーセントだったかってことでしょそれなら初めの食塩水をXとしてそこに数字を代入して100分のXかける初めの食塩水の量の200グラムかける100分の10かける300=…」
「うわああああああ小磯さんかむばああああああああっく!」
「え…っ?あ、ああ…ごめん。つい楽しくなっちゃって…」
「恐ろしい子や…恐ろしい子やで!」
「…ん?」
「え?な、なんですか?」
「ななちゃん…目、腫れてない?」
「え?」
な、なんだいきなり。
私はちょっとドキっとする。
「そ、そんなことないです。元からこんな目です」
「そう…?ならいいけど」
小磯さんは下手に探ろうとはしてこなかった。多分、気を使ってくれているのだろう。優しいなぁ。
「今朝佳主馬君と二人で出掛けたらしいから、なにかあったのかなって…」
前言撤回。なんでそこまで知っているんだ。朝ごはんまでには戻ったのに。
とか私が言うと「万里子おばさんから聞いた」と言って苦笑する。ま、マジかよ万里子さん。そりゃあないぜ。
「僕でよかったら、いつでも相談乗るからね」
「こ…小磯さん!」
ひしっ!私は小磯さんに思い切り抱きついた。
小磯さんは顔を真っ赤にして「ちょ、ちょっとななちゃん!?」とおろおろしていた。奥手系男子、萌え!
「小磯さんありがとう!愛してる!」
「あい…っ!?」
小磯さんは更に顔を赤くさせた。やべぇええこの人可愛いよお持ち帰りしたい。
「…なにしてんの」
そこに通りかかったツンデレ系男子…もとい佳主馬。なにやら不機嫌そうなご様子。なにかあったのかな。
「あ、佳主馬。今小磯さんに数学教えてもらってんの」
「…抱き合いながら?」
「ぼっ、僕は抱きついてないよ!」
小磯さんが慌てて訂正する。佳主馬は「ふう」となにやら呆れたように溜息をついた後、小磯さんから私を引きはがした。
「健二さん、なな借りてく」
「ど…どうぞ」
「えー。私まだ数学の宿題終わってないのに」
そう言うと佳主馬に睨まれた。こえー。どれくらい怖いかっていうと四天王の次に現れる幼馴染が私のリザードンにむかってカメックスでハイドロポンプきめてくるときくらいこえー。
「そういうときは草タイプのポケモンにかえてあげるんだよ」
「心読まれた!?」
「口に出てる。ていうかブラックホワイトが出てるこのご時世にファイアレッドの話…?」
「よくファイアレッドってわかったね。エメラルドとかもっと他にもあるのに」
「ななのことだから、リザードン選ぶならパッケージがリザードンになってるファイアレッドなのかなって」
「ほー名推理」
「ていうかこのマイナートークやめようよ。一部の人ついていけないから」
確かにそうだ。私はうなずいて、それから振り返り小磯さんに敬礼をする。
「小磯さん、また夜に教わりにきます!」
「い、いつでもどうぞ…」
小磯さんは苦笑しながらもひらひらと手を振って見送ってくれた。私は先に進んでどこかへ行ってしまう佳主馬の背中を追いかける。
「どしたの、佳主馬」
「……健二さんと仲いいね」
「そう?」
「……抱きついたりするくらいは、仲いいじゃん」
「あー、そうかも」
えへ、と笑うと、佳主馬は滅茶苦茶不機嫌そうな顔をした。ひいい!例えるなら私は今相手の攻撃ターンを待つリザードン!そして佳住馬はハイドロポンプを繰り出す前のカメックス!
「ご…ごめんなさい」
「…べつに」
この美少年今あきらか不機嫌です!誰か助けてください!
「ななは、健二さんが好きなの?」
「え?小磯さん?好きだけど」
「どういうふうに?」
「なんか、お兄ちゃんみたいで」
「…そう」
ほっ、と息をつく佳主馬。いやー絵になるねえどんなしぐさでも美少年っつうのはさ。
「あ、そうだ。私になにか用?」
「…べつに」
「ええ!?じゃあなんで折角勉強中だったのに呼んだりしたの?」
「べ…っべつに!」
佳主馬はそっぽを向いてすねたようにする。ぐぬ、この美少年やりおる。
「…なな」
「なに佳主馬」
「…その、ぼ、僕は…」
「おーい佳主馬!ちょっとお遣いを頼まれてはくれんかのう」
佳主馬の言葉をさえぎるようにして現れたのは万助さんだった。佳住馬は固まってしまって動かない。え、い、池沢さーん?
「…ししょー」
脱力したように言う佳主馬。なにかあったのかな。わからない奴だ。
「む?なにか邪魔をしてしまったようだな…すまん孫よ」
「いいよ、べつに……それで、お遣いって?」
「ああ、そうじゃ。イカ焼きのタレを買ってきてほしいんじゃが」
「わかった。バスに乗って行ってくるよ」
「すまんのう。あ、ななも一緒に行ったらどうじゃ」
「え?私ですか?」
「それがいい!さあさあ二人とも、早いところ買ってきてくれよ!」
やけにやる気な万助さん。見ると、なにやら佳主馬にむかってウィンクしていた。佳主馬はそれに向かって照れたようにはにかみ、小さな声で「ありがとう」と万助さんに言う。
んんん?
おいてけぼりなう。今どういう状況なんだ?
「まあいいや。じゃあ佳住馬、あんないしてよ」
「うん、もちろん」
佳主馬はそういうと、私に向かって真っすぐに手を伸ばしてきた。
「ん」
「ん…?ああ、そういうことね、はい」
今朝の散歩で慣れたから、私はすぐに佳主馬の意図を察して、その指に自分の指を絡めた。
「万助さん、行ってきます」
「気をつけてな!」
にっ!と笑う万作さん。白い歯が素敵だ。
(こりゃひ孫の顔が拝めるのも、そう遠くはないかものう…なあ聖美よ)
(そうねえお父さん。佳主馬に良い子が見つかってよかったわあ)
背後を振り向くと何故か聖美さんの姿があったけど、今までのやりとりもどこかで見ていたのかな?だとしたら恥ずかしいことしちゃったなあ。
私はそんなふうに呑気に考えながら、佳主馬の手をぎゅっとつかんだ。
突撃!隣の小磯さん
(健二さんばっか、ずるいよ…)
(僕も愛してるって、言われたい)