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□3.変な奴
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納戸でパソコンをしていると、聞き覚えのない声が廊下の方から響いてきた。

「みんなのアイドルななちゃんだよー☆」

聞き覚えのない馬鹿な声が響いてきた。

誰だろう、あのあかぬけて明るい声の持ち主は。自分のことをなな、と言っているけれど、心当たりが全くない。

「うん、凄く楽しいよ」

しばらくするとそんな声が聞こえてきた。楽しい?この家にいることがだろうか。それにしても本当、誰なんだろう。まあかといってわざわざ振り返って声の主を探しに行くのも面倒だし、僕はozに集中することにした。

「あのね母さん、私、大勢で夜ごはん食べたのはじめてだったよ。家じゃいつも独りだからさ。たまには父さんと母さんも家に帰ってきて、一緒に食べようね」

…集中できない。

なんとでもないふうにそんなことを言ってのける声が聞こえた。電話の相手は母親のようだ。電話越しでどんな顔をしているのか、大体想像はつく。娘に寂しい思いをさせたことを、悔やんでいるだろう。

「そんじゃーね」

通話は終わったようだ。これで集中できる。

僕はキーボードに指を乗せて、タイピングを再開した。よし、調子がいいぞ。挑戦してくる敵を次から次へと倒して、気分が良い。

「あのー」

するとふいに、背後からそんなおずおずとした声が聞こえた。

折角集中してきたところなのに。苛立ちを隠さずに僕は振り向きながら言った。「なんか用?」

するとそこにいたのは、僕と同い年くらいの女の子だった。

恐らくさっきのバカな通話をしていた子だろう。しかしさきほどの会話の内容からは窺えないようなほど、可愛らしい顔立ちをしていた。僕がしばらく黙っていると、その子はなにかを思い出したかのような顔をして、そしてそのあと、

「キミはなにをしているの?」

と訊いてきた。

「…oz」

「oz?ってああ、仮想空間のozね」

「そうだよ。悪い?」

「いえいえ滅相もございません」

ぶんぶんと首を振る女の子。

「…じゃあ、早くどっかいってよ。広間ならまっすぐ行って右だよ」

「ああ…ありがとう」

僕の乱暴な物言いに、納得のいかなそうな顔をしつつも、その子はうなずいた。つくづく自分はコミュ障だなと思う。

しかしそんなことを考える僕の背後から、その子はひょいとPCを覗いてきた。

ちょ、近いって。

「なにこれ。格闘ゲーム?」

「…なんなの。邪魔なんだけど」

照れを隠すようにそう言ってみる。

「いやいや旦那。いいじゃないですかぃ、乙女のおてんばですぜ」

「は、なに言ってんの?頭大丈夫?」

一刀両断してみた。
あう、と小さくうなる女の子。

「わ、佳主馬君のアバターかわいー。うさぎだ」

その子の何気ないその一言。
だけど僕はそれにびっくり驚いて、眼を見開いた。

え?
僕のアバターを、知らないの?

「…あのさ、君って未開人?」

「え、失礼な。そんなことない」

「ozやってる?」

「うん」

「いつから?」

「一昨年から」

だとしたらますますおかしい。
僕は顔をしかめる。

「去年の夏に起きたozの大事件、覚えてる?」

「あー、なんかあったね、そんなの。うん、覚えてるよ」

去年の夏の事件で、僕のアバター「キング・カズマ」は名を馳せたはずだ。自惚れじゃないけど、正直全国で、いや全世界でも知らない人間は少ないと思う。それに、ニュースの報道でだって散々流れた。

「……まあいいや」

僕は思考をやめて、タイピングを再開。

「え。なにそれ、気になる」

「もう向こう行ってよ、集中できない」

「佳主馬君って何年生?」

「……中二」

「あ、年下じゃん。私中三。いえーい」

ピースを作る女の子。
…なんだ、一個上なんだ。

ていうか受験生じゃん。
いいのかな、こんなところにいて。

「見えないね。年下かと思った」

「なにをう!?」

「ていうかあんた誰。誰かの新しい恋人?」

この家に部外者がくるといったら、それくらいしか理由が思い浮かばない。

翔太兄あたりがつれてきたのだろうか。あの人ロリコンだったのか…そう考えると、

「は?あ、ああ。私は直美さんのご近所さんのささきなな。暇だったから直美さんの帰省に寄生したの」

「うまくないね」

「こりゃ失礼」

なんだ、そうだったんだ。
僕は心の隅っこのほうで、安心していた。

…安心?
なんでだろう。

「ふうん……奈々さんね」

「よろしくう。あ、奈々でいいよ」

「じゃあ奈々も。僕の事は佳主馬でいいよ」

「わかった」

なんでかはわからないけど。
その年の夏は、楽しくなるような気がした。





変な奴

(なんとなく気になる、)

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