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□1.親戚だけ
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今年の夏が勝負。
中学校三年生、すなわち受験生の私の周囲の大人はそう言って、私のことをまるでせめたてるかのように心身的に追い詰めた。いや、追い詰めようとしていたんだと思う。当の私はそんな脅しどこ吹く風。特に気にも留めていなかった。
「毎日毎日夏期講習夏期講習……夏休みって通う場所が学校から塾にかわっただけなんじゃないの」
とかそんな風に文句をたれながらアスファルトの上を歩く。
部活動を夏休み前に引退した私にしてみれば、夏の長期休暇など必然的に勉強に費やすことになるだけだ。仲の良い友達ともろくに会えない状態で大嫌いな勉強漬けだなんて、脳みそがぬか漬けにでもなってしまいそう。
「あらなな。うかない顔してどうしたの?」
「……直美さん」
「やーね酷い顔。どろどろに溶けたスライムみたい」
「スライムは普通どろどろですよ……」
ていうか相変わらず派手だなこの人。
ハーフパンツにTシャツというラフな格好で死んだように町を歩いていた私に声をかけたのは、近所に住み三輪直美さんだった。赤いタンクトップに、額の上にサングラスをのせている。
「具合でも悪いの?」
「いえ……夏期講習病です」
「あら……深刻な病気ね」
「ええ、不治の病かも」
「夏が終わればいいだけの話だけどね」
あう、確かに。
私は頬をぽろぽりと掻いて項垂れるようにした。
「でもまだ夏休み始まったばかりじゃない」
「ええ。まだ夏期講習一日目です」
「あんた弱いわね」
直美さんは苦笑する。私がてへぺろ☆、と舌を出せば、可愛くないわよ、と一喝されてしまった。いやん。
「あ……じゃあさ、さぼらせてあげるわよ、夏期講習」
「え?」
「私、明日から長野のほうに帰省するのよ。ついてこない?」
「長野…」
「死んだおばあちゃんのお誕生会なんだけどさー、人数多いほうがおばあちゃんも喜ぶだろうし、どう?」
「えー。私部外者ですけどいいんですか」
「大丈夫よ。親戚だけの集まりだから」
「親戚だけ、ねえ…」
まあ、それなら多くても十人程度だろう。
私は軽く考えた。というかなにより、夏期講習をさぼれるという条件がとてつもなく魅力的だった。
「ついてくる?」
「まあ……そうですね。行ってみようかな」
「やりい!じゃ、家帰ったら連絡するわね!」
「あ、はい」
親戚だけ
(わーい勉強さぼれるー、とか)
(その時の私は、そんなふうに楽観的に考えていた)