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□3.どきん!
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「佳主馬くん、今日はハンバーグにしよう!」

「うん、いいんじゃない?」

「じゃあはいカゴ持って」

「…わかったよ」

佳主馬くんはしぶしぶ、といったふうな様子で材料の入ったかごを受け取る。場所は私の家の最寄りのスーパー。夕飯の買い出しに二人で訪れたそこには、夏休み中ということも手伝って、老若男女色んな人が訪れて各々に買い物を楽しんでいた。

「ふふーん。本格的にお料理するのなんて、久しぶりだなー」

「そうなの?」

「うん。お兄ちゃんが高校生だったときはさ、ちゃんと毎日作ってたんだけど、今はほら私しかいないし。お惣菜で済ませちゃうことが多いんだよね」

「…ふうん」

なんだか健二さんみたいだ。佳主馬くんがそう呟いた。

「ああ、小磯先輩?そうだね、あの人も家じゃほとんど一人らしいし…たまに佐久間先輩も誘って三人でファミレス行ったりするよ」

「花がないメンバーだね」

「おい私がいるのになんでそうなるんだよ」

普通男だけで集まって食事をしたりすることを花がないっていうのだろう。私は花として認識されていないのか。

「結衣さ、両親は?」

「ああ。いるけど…ちょっと事情があってね。母さんは特殊な仕事してて、たまに帰ってくるけど…年に一回くらい?父さんは海外に単身赴任」

「特殊な仕事…?」

「ん」

私は一度頷いてから、野菜コーナーに取り付けられていた小さなデイスプレイを指差した。

そこには満面の笑みを浮かべながら地元の野菜を紹介する女の人が映っている。結構なベテランの女優さんだ。名前は「綾瀬瞳」

「…って、綾瀬瞳って結衣のお母さん!?」

「ちょっ、しーっ!あんま大きい声で言わないでよ!」

「あ、ああ…ごめん」

「実はそうなのだよ。ふふん、私のお母さん、綺麗でしょ?」

「そ、そうだね…」

自慢のお母さんを佳主馬君に自慢する。彼は驚いたような顔をしながらも「凄く綺麗な人だよね」と私に同意してくれた。

「ええと、あ、あった玉ねぎ!よし、じゃあレジ行っちゃおうか」

「うん…あ、待って」

「?」

私は首を傾げる。対して佳主馬くんは買い物かごのなかにひょいっとお菓子を投げ入れた。

「…買えと?」

「自分で払うよ。でもそのガム、好きなんだ」

「ふうん…じゃあ私もキャラメル買って帰ろうっと」

各々が好きなお菓子を購入して、スーパーを出る。商店街を歩きながら佳主馬くんと会話をしていると、高校の同級生何人かとすれ違い、「彼氏?」とか「誰そのイケメン!?」だとか「綾瀬が遂に男を作った!」だとか騒がれて、それに対していやちがうから彼氏じゃないからといちいち返答するのは凄く面倒だった。

ていうかすれ違いすぎだよクラスメート。
みんなどんだけ暇なの。

「…結衣、人気者なんだね」

「え?いやそうでもないよ。ふつーふつー」

「少なくとも僕は、クラスメートとすれ違っても声かけられたり、ましてやちゃかされたりなんてしないよ」

「…佳主馬くんって根暗?」

頭を殴られた。表現がまずかったか。じんじんする頭部を抑えながら次の言葉を選ぶ。

「ひ、人づきあいが苦手、なのかな?」

「…うん、そんなもん」

「まあ、人それぞれでしょ。それも個性さ!」

そう言ってキャラメルをほおばる。うん、甘くておいしい。一個食べる?とキャラメルの箱口を佳主馬くんに向けると、いらない、と返された。おいしいのに。

「でも、僕は嫌だな、こんな不器用な性格…」

「ん?ああ…そうかなあ。私は結構好きだけど」

「え?」

佳主馬くんは驚いたように目を見開く。

「だって、世の中に私みたいに滅茶苦茶なのが何人もいて、しかもそれを咎めたり、制御させたりする人がいなかったりしたら、それこそ世界は崩壊しちゃうでしょ?」

「まあ…そうかもね」

「私みたいのがいて、佳主馬くんみたいのがいる。小磯先輩の気弱さを叱咤する佐久間先輩がいるのと同じように、人間ってそれぞれが特性に合った役割を、自然に果たしてるものなんじゃないのかなぁ」

「…そうかな」

「そうだよ。ていうかそう考えたほうが楽でしょ!自分の性格を嫌いになんてなるもんじゃないよ」

「…そう、だね…」

佳主馬くんは一度頷いてこちらを向き、

「ありがと、結衣」

心から嬉しそうに、笑った。
どきん、と私の胸が高鳴る。

…れ?
あれれ?

「な、なんだ今の…!」

「? どうかした?」

「い、いや…なんでもない」

「そう…?」

心配そうにこちらを覗きこむ佳主馬くん。

落ち着け相手は年下だぞ。不覚にもときめいてしまった事実は認めるがそれは相手がイケメンだったからであって!

「…佳主馬くん」

「なに?」

「格好良いって…罪だよね」

「え?」

なに言ってんの?というような顔をする佳主馬くん。

私はさきほどの感情の事も忘れて、自然に会話ができるようになっていた。

「それより佳主馬くん、スポンサーってなんのスポンサー?」

「…ああ。OMCの…」

「あ、へえ。…ってあれにスポンサーがつくって、もしかして上位プレイヤー?」

「まあ、そうなるね…」

「私もあれ大好きなんだー!見る専門だけど、とくにキング・カズマが…」

あれ?
私は、はた、と言葉をとめる。

「キング・カズマが…」

「……」

「キング・カズマぁあああああああああ!?」

大きな声でそう叫び、佳主馬くんを指でさす。

「…そうだけど」

「え、えええええ!?マジで!?」

「マジで」

「マジかよ!」

「ちょっと、うるさいんだけど」

「あ、ああ…ごめん」

スーパーのときと立場がかわって、今度は佳主馬くんが私を制した。

ていうか、えええええ…?

憧れだったキング・カズマが今目の前で夕飯の袋をぶら下げて歩いてらっしゃる!

「…お荷物お持ちいたします」

「は?いきなりなに言ってんの」

「その荷物のせいで指に負荷がかかってタイピングができなくなって王者の座を剥奪されたらどうするんだ!」

「どんだけ脆いの、僕の指」

ツッコミをいれられて、私は「で、でも!」とあたふたする。キングに荷物持ちなんてさせたら一ファンとしてなんだか申し訳が立たない!

「…あのさ、OZのなかでは確かにキング・カズマだけど…リアルではただの池沢佳主馬だから。あんま特別扱いしないでくれる?」

「あ、ああ…そっか、そうだよね…ごめん」

「ううん、べつに」

佳主馬くんは自分がキングだからといって優遇されたりするのが嫌らしい。だから私も素直に謝って、彼の隣をただ黙って歩いた。

「しかし、凄いなぁ…まだ中学生なのに」

「…子供扱いしないでよ」

「いや、そういうつもりで言ったんじゃないよ。ただ、尊敬しちゃうなあ。私より年下なのに…」

「べつに…そんなに凄いことじゃないよ」

「いやいや、もっと自慢しよーぜ!ほらいえーい!」

「荷物持ってるからハイタッチは無理」

「…さいですか」

「ほら、さっさと帰ろう。僕お腹減ったよ」

小さな子供のようにそう言う佳主馬くんに、可愛いなちくしょう、と心のなかで呟きながら、私たちは夕暮れの商店街を後にした。



どきん!
(夕陽に染まる君の横顔、)

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