嘘吐き

□take it easy 第6話
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時々、漠然とした不安に襲われることがあるんだ。世界を失うような。それが自分自身なのか周りなのかは分からないけれど。
ねえ?そんな時ない?
置き去りにされる気分だよ。たった1人排除されるような。











そろそろ冬がやってくる。
そんな晩秋の夕方に感傷的になっていたのかもしれない。窓の向こうにはオレンジ色に飲み込まれた街があった。
何言ってるの、榊さん。と言って笑うあいつの顔は、いとも簡単にこの世界を壊してしまいそうだった。
バカみたいだって思う?息苦しくて、然して愛着のないこの世界に未練を感じるなんて臆病だと思う?
バカだな、榊さんは。
そう言ってまた笑うのだろうか。
会いたい。あいつに。
ドロドロと床に溶けていってしまいそうだ。子どものころは永遠を感じた時間も終わりがもうそこまで迫ってきているようだ。有限性をひしと感じて気分が悪い。
俺にとって、お前と出会うことは果たして良かったのか。お前さえいなければ不安材料は皆無に等しいし、未練がましさが喉につっかえることもなかったかもしれない。なあお前はどう思う?





「何言ってるの?出会わなければ良かったの?そう思ってるの?」
違うよ、違う。そうじゃないんだ。ごめんね柏木。お前を閉じ込めるには俺の器は小さすぎるし、手放せるほど強くもない。どうすればいいのかもうわからなかった。あんなに未練がましく怖がっていたのに、いっそ俺を殺してくれ、なんて矛盾も甚だしい。
嫌だよ。冗談でもそういう事言わないで。寧ろ冗談で言う事の方が罪深いですよ。
違うんだよ。柏木。俺の弱さを許して。
伝える術が分からない。俺は欠陥だらけだ。一人で生きていけると思っていた。

部屋の中いっぱいいっぱいに拡がったオレンジに包まれていた。唯一の救いに思えた。やがて夜に支配されると、まともでいられる自信がなかった。夜の力はぐいぐいと思考を悪い方へ引っ張っていく。どうかその前に。


ずず、と床が細かく振動した。
もうすぐでフローリングと同化しそうなだるい体を動かし、一縷の望みをかけて携帯を手に取る。
着信の相手の名前に喉の奥がツンとなった。

『もしもし?』
焦ったような声だった。
『もしもし?榊さん、聞いてる?』
聞いてるよ、聞いてる。
『今、部屋の前。ねぇ、うちにいる?』
『榊さん?』
『聞こえてるの?もしもし…』






「バカ。遅いよ、おまえ…」

「榊さん。」

通話口に向かって話したまま、彼を迎え入れた。

「バカ。」

「ごめん。」

やっぱり分からないよ。失う事を怖れるのは煩悩だろうか。厄介だろうか。面倒だろうか。
何の未練もなしに生きていられた方が良かっただろうか。

柏木に出会って自分の人生を少し愛おしく思い始めてしまった。引き止めたくなった。

柔らかく重なる唇に涙を流して抱きしめて、愛おしいと感じる。角度を変えてはリップ音が響く。頭に沿った手がキスをしながら髪を撫でる。

「バカだな、榊さんは。
分かってるよ。ただ貴方が不安で、仕方ないことを。失うことを恐れていることを。
だから、そんな悲観的にならないで。」
黒が迫ってくる。すごいスピードで。黒が追い抜いて行く。
でも、今はきっと大丈夫。この手を握っているから。





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