喪失少女
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朝、目覚めた時あれは夢だったのではないかという淡い期待を覚えた。だけど、赤也の暗い顔を見て、その期待は一気に打ち砕かれる。
「おはよう。部活は?」
「今日は休み。」
「ああ、そうだっけ。」
他愛もない話をしながら、冷蔵庫から麦茶を取り出した。
昨日のことがあまりに衝撃的すぎて冷房も窓を開けることもしないまま、ただ現実逃避のように眠りに落ちてしまったせいで体が熱い。
冷たいそれは一瞬にして火照った体を冷やしてくれた。
「……なあ、姉貴はどう思う?その、昨日のこと。」
タイミングを見計らったように赤也は聞いてきた。
誰かに聞かれたらマズいと自身の秘密主義の部分が働き、窓を閉め両親が眠っていることを確認する。
そして、ようやく思考を巡らした。
別に離婚するから、と言って何かが変わるわけではない。ただ家族4人で揃うことがなくなるだけ。
家族と過ごす時間より、学校で友達と過ごしている時間の方がよっぽど長いのに。
どうして、こうも世界が変わってしまったような錯覚を覚えるのだろう。
「(いけない、)」
ぱちん、と自ら自身の頬をうった。そんなもの、私の心情などどうだっていい。
私は赤也を守らなくちゃいけない。一歳しか違わないたった一人のこの弟を。
そう考えると急速に頭が冷静になり、次々と考えが浮かんできた。
「そうだね。普通離婚したら母親についていくのが一般的かな。だけど、結婚して何十年もパートもせず専業主婦でいた母さんがまともに働けるとは思えない。」
「……は?」
「両親には養育義務っていうのがあって離婚しても父さんは私達に養育費を払わなきゃいけないんだけど、それだっていつまで続くか。」
「何言ってんだよ!!」
赤也の怒鳴り声が家中に響き渡る。瞳は赤く染まり、今にも私につかみかかってきそうな勢いだ。
「んな、損得で考えるもんじゃねえだろ!?何としてでも離婚をとめねーと。」
「あんた、何言ってんの?」
甘い考えを口にする赤也に心底苛ついた。
ああ、こいつは優しすぎる。優しすぎて、『家族』というものを客観視することを忘れてしまった。
客観的に見ていたらこの『家族』が崩壊しきっていたことなど、とうに気がついていただろうに。
「もう『家族』は戻らない。修復不可能な域まで達してんの。いい加減、現実から目を背けず自分のすることを考えな。」
冷たい言葉だとは思った。
だけど、今の私には他者に優しい言葉をかけられるほどの余裕はない。それだけ私も精神不安定なのだ。
「……姉貴は家族なんてどうでもいいんだろ?母さんのことも、父さんのことも、俺のことも。自分のことの方がずっと大事なんだろ!?」
「赤也、何言って、」
「うるせえ!!そんな偽もんの言葉聞きたくねえよ!!」
何でわかってくれないの。こんな家族のこと心配しないで、あんたは自分のことだけ考えてればいいのに。
どうして、どうして、こうも思いは通じない?
……きっと母さんと父さんも一緒だったのかもしれない。
初期に応じた僅かな心のすれ違いが、後々大きなものへと姿を変えてしまったんだ。
赤也が出ていく音がする。待って、行かないで。私を置いていかないで。
けれど、伸ばした腕は消え去る赤也の影をつかむだけだった。