短編小説

□心の理性のリミッター
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大きなボウルに金属球を転がしたような、最終下校時間を示すチャイムが学校全体に鳴り響いた。

年季が入り古びた石造りの校門に背を預けている私の意識は、帰路につく生徒でも、飛び交うお喋りにも向けられず、沈み行く夕陽に奪われていた。

本日の仕事を終え、西の山に姿を消そうとしている夕陽。最後のひとふんばり、と言わんばかりに夕陽は、空を橙に染め、鳥が飛び交う風景をつくりだした。

その美しさに感嘆の息を漏らす。指で窓をつくり、空をうつしだそうとした。

が、予定とは違うものが窓からのぞけた。にこにこと人の良さそうな笑顔で精市は口角を持ち上げている。


「なーに、見てたの?」

「空」

「空じゃなくて俺を見てほしいんだけどな」

「視界にちゃんと入ってるってば」


そうやって笑うと、精市は拗ねたように口をすぼめた。子供っぽい、彼の姿が時たまおかしい。男テニの部長をやっていて、友達も多くて、勉強もできて、私よりもずっと大人なくせに。けれど、そんな彼が愛しくてたまらない。

そっとテニスの練習でかたくなった彼の手に触れた。頬が蒸気するのを押しきって、心の理性のリミッターを外して、手を握る。


「え?」


恥ずかしがりやの私の大胆な行動に彼は一瞬、虚をつかれた。やがて頬を緩めると、私の前髪を持ち上げ額に唇を落とす。


「こういうのは男からするもんなんだよ、若菜」


そういっていたずらっぽく笑う彼に、心の理性のリミッターは再び外れた気がした。

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