短編小説
□君の教えてくれた世界は何色ですか
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がたん、ごとん、と心地好い不規則なリズムが電車内に響かせる。都会の、音を立てずにゆっくりと走り行く電車に慣れきった人々はしかめっ面をしているに違いない。
けれど、私はこの電車が好きだった。幼い頃から慣れ親んだ電車だから愛着があるというのももちろんあるが、人が滅多に乗ることのない閑静な車内はこれだけの広いスペースを独り占めできるという満足感がそこにはあった。
「どこまで行くんやろ……」
私の記憶している駅名はとうに過ぎ去った。終点がどこかなど事務的なアナウンスを聞いていればわかることだが、私にとって足を踏み入れたことのない土地は全て未知の領域に思える。
「あれ、笹倉さん?」
「……白石くん?」
「サボりはよくないで。」
そう言って彼はテニスで鍛えられた褐色の腕にピタリとはめられた、無駄な装飾が一切ない至ってシンプルなシルバーの腕時計を見せた。短針は12をまわっている。
さっきからお腹が空くわけだ。学生鞄から昼御飯のおむすびをひとつ取り出すと人目も気にせず口にした。
「電車内で物を食うのは行儀悪いな。」
「ええやん、別に。この車両に乗っとんのうちと白石くんだけやで。」
「それでもあかん。はい、没収ー。」
「あ、」
白石くんによって奪われたおむすび。学生鞄にもうひとつおむすびは入っているけれど、またとられるのは勘弁してほしい。
いたずらに微笑む白石くんを恨めしく思いつつ、私はをおむすびに別れを告げ学生鞄を閉じた。
「で、何でサボったん?律儀に制服のまま。」
「白石くんだって、こんなところにおるってことはサボりやん。」
「あほ、俺は公欠や。ほらこの間の作文で賞とったからな。その授賞式。」
ああ、そういえばこの間の集会でそんなこと言われていた気がする。あやふやな記憶を思い出すと私は急激な眠気に襲われ思考をやめた。おかしいな、昨日は夜更かしなんてしていないのに。
しばらくして背中があたたかいことに気づく。窓越しに入る光は冬だというのにあたたかった。温もりに身を委ね瞳を閉じるとそのまま眠りの世界へ落ちていけそうな。そんな感じ。
「……なんとなく、学校に行きたくなくなったん。」
「ふうん?」
「別にいじめられているわけやない。友達だっておるし、勉強だってちゃんとやってる。……ただ、」
「ただ?」
「うち、何のために学校行ってるんやろって。そういうの考えたら学校に行くの、めっちゃダルくなった。」
わからなくなった。だから一日だけ考える時間が欲しかった。理論づくめの頭をリセットして考える時間。それが今の私には必要だと、肉体も精神も叫んでいたから。
「……やっぱり、笹倉さん今からでも行くべきや、学校。」
「何でやねん」
「サボり癖ってな一日だけ、一日だけ、ってのが積み重なってできるもんなんや。今日だけ、が気づけば明日も、になっとる。」
「……。」
「それにな、学生生活って楽しむためにあるもんなんやで。そんな貴重な時間を一日でも台無しにしたらもったいないと思はへん?」
そう、なのかな。グチグチ悩んでないで楽しめばいいのかな。そんなこと、私にできるのかな。
「楽しむ、なんてできるかわからへん。」
「おん。」
「でも、やってみる。学生生活私なりに楽しんでみる。」
「おお、その意気や!!」
きらきらとガラス越しからこぼれる光が私たちを照らす。そんな光が私の背中を押してくれているように見えて、何とも言えない少しくすぐったい気分になった。