短編小説

□愛し方を教えてください
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私は彼を愛している。たった一人の息子だし、家族と呼べる人間はもう貴方以外いなくなってしまったから。

そう愛している、はずなのに。


「ねえ、何で帰ってきたの。」


彼が学校から帰ってくるやいなや、私は皿を投げつけた。

がしゃん、と皿の砕け散る音。ああ、また片付けが大変なんだろうな。私は片付けなんて一度もしたことないけれど。

びくり、と肩を震わせた彼はごめんなさい、と消えてしまいそうな小さな声で呟いた。

ああ、イライラする。何なのよ、自分は学校で楽しい思いしてきて。

この子が嬉しそうに笑うのが憎たらしい。この子が楽しそうに笑うのが憎たらしい。何より、

この子の幸せが憎たらしい。

学校で友達に囲まれているこの子を想像すると、吐き気がしてまた皿を投げつけた。


「ごめん……ごめん、母さん!!」


ああ、私だって本当はこんなことしたいわけじゃない。

貴方のことを愛しているし、幸せになってほしいと思っている。

だけどね、ダメなの。


『何であんたなんか生まれてきたのよ。』
『屋上から飛び降りて自殺したら?』
『死ねばいいのに。』


かつて母親から言われた言葉の数々。もしかして、お母さんもこんな気持ちだったのかしら?

だからといってお母さんを許す気はしないし、彼だって昔の私を知ったからといって許しはしないだろう。

ああ、だけど。

人並みに幸せになりたかった。

普通に彼と食事して、彼と些細なことで笑いあって。そういった、どこにでもある普通の日常でよかったの。

そんなありふれた日常を彼に教えてあげることが私にはできない。

子供への愛しかたがこれ以外わからないの。

私が彼に教えてあげられるのは皿の片付けかただけ。


「母さん、母さんはちょっと疲れてるんだよ。ほら、水でも飲んで。」


差し出された水と彼を見比べた。怯えたような、張り付けた笑顔。

……ああ、なんの因果かしら。彼もまた私と同じことをするのね。

毒入りの水を一気に飲み干した。頭が痛い、体全体が燃えるように熱い。

だけど、ダメだ。このまま死んではいけない。全部、全部、私が悪いのに彼が殺人犯になってしまう。

私は彼の首に手をかけた。証拠、証拠を残さないと。

たとえ彼が毒を盛ったとわかっても、正当防衛だと言い張れるような証拠を。

彼の瞳には涙がたまっていた。痛くてか、苦しくて、か。それとも悲しくて、か。

私は人並みの幸せを願った。だけど、そんなものもういらない。今の私が願うこと、それは、


「   」


どうか、私の死を彼が悲しまないで。
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