小話

□噂話
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のどやかな昼下がり。
ここしばらく大きな事件もなく、江戸の治安を護る者と達も皆、思い思いに仕事場である屯所で平和な一時を過ごしていた。

ここに、平田隊士が三人。
人の少ない、広々とした食堂でもうぬるくなってしまったお茶を啜りながら、雑談を嗜んでいた。

「何? お前振られたの?」

「あれか?あっちが、ご不満だったとか?」

「バーカ。何もせずに、終わったんだよ」

「あーあ。もったいね」

「うるせぇ!…本気だったんだよ、こっちだって」

その隊士は、やりきれなかった自分の後悔と悲しさから顔を曇らせ、机に突っ伏した。
それを見て残りの隊士達も慰めるようにして、背中を撫でたり、励ましの言葉をかけてやる。

男所帯のここ屯所ではよく目にする光景であった。

そして、こういった話のとき振られたものは決まってこう言う。

「あーあ。俺も、副長や沖田隊長みたいに顔が良ければなぁー」

と。

確かに、あの二人の顔の整い方は異常ともいえよう。これまで何人の女性を(三次元も含め)虜にしてきたか。
そして、ここからの会話の流れは、実に様々だ。
そのまま、彼らの話に持ち込むときもあれば、同情し、再び男同士の華のない恋バナに戻るか。

「あっ、俺、沖田隊長で思い出したんだけど…」

今回は、沖田の方に話の矛先が向いたららしい。話し始めた隊士が一段階声のトーンを下げゆっくりと話を続けた。

「隊長の首筋、今朝見たら赤っぽいモノがついてたんだよ」

まるで、近所の奥様方が噂話をしている時のような物言いだ。

一人の隊士が、大きな声を上げた。

「マジかよ!!ったく、隊長も狡いよなぁ!」

「ホント。あの人、女の影一つもなかったのにな」

なんて、また悲しい嘆きが三人の中で、いや、正確に言えば二人。
話を持ち出した隊士は、先程と同じ調子で

「それが、」

と、再び口を開いた。

どうやら、まだ話の続きがあるらしい。

「昨日の夜、沖田隊長の部屋から明かりが漏れてたんだよ」

隊士の話によると、夜遅くまで飲んでいたその隊士が、帰ってきて自分の部屋に戻ろうとしたところ沖田の部屋から明かりが漏れていたのを見たらしい。

誰かが、沖田の部屋を訪れていた。ということなのだろうか。しかし、昨夜、沖田を訪ねに来た者などいないし、女の訪問者など存在していなかった。沖田が、女を連れ込んだというのは、どうも考えづらい。
ならば、その赤いモノとやらはもしかしたら昨日ついたものではないかもしれない。が、その線もどうやら薄いようで、沖田はここ一週間以上一人で外出をしていないようだった。
そしてなりよりだ。もし、仮に沖田に女がいたとしよう。沖田を自分の子、弟のように可愛がっている近藤が黙っているだろうか。いや、黙っている訳がない。

そうなると、屯所内にいる誰かと…。なんていう線が濃くなる。
まぁ、沖田はそこらの男、もとい、女よりも顔が整っているからわからなくもないが…。

「やっぱ、それただの傷なんじゃねぇの?」

少し引きつった顔で聞いていた隊士が言う。もう一人の方も、同じ顔をし、頷いている。皆、同じことを思ったのだろう。しかし、認めるには覚悟が足りなかった。

そこに、

「なにしてんですかィ」

三人の隊士の肩がビクリと上がる。
彼らの何に、興味を持ったのか。今まさに、彼らの話の中心となっていた人物がお出ましになった。

「おっ、沖田隊長!!いや、あの、ちょっと三人で雑談を!最近は、やることが無くて暇ですからね!」

「ふーん」

興味がなさそうに、沖田は呟く。

今日みたいに、天気の良い日は沖田のような隊長格の者が着る隊服は暑い。
ワイシャツにベストという薄着。もちろん、スカーフははずされており、ボタンが外され、開かれた胸元からは日焼けのしていない白い肌が見える。そして、こんないい天気の日に忘れてはならないのは、陽向での昼寝に必要なアイマスク。しっかりと、沖田の栗色の髪と一緒に頭の上で存在していた。

無防備に晒された、首筋。三人の視線は自然とそちらに向けられていた。
そして、そこにはハッキリと存在を示す、ほんのりと赤い跡。

「あの、沖田隊長…」

一人の隊士が勇気を振り絞って声をかける。

「なんでィ」

「その、首なんですが、怪我でもされたのですか?」

「は?」

「あ、いや、あの赤い傷みたいなのがあるので…」

沖田は、目を見開いて驚いた顔をするが、一瞬でそれは険しいものに変わる。

(おい!お前、余計なこと言ってんじゃねぇよ!)

(だ、だって、気になるじゃねぇか)

互いに目配せをし、目で会話をする。
三人の背筋はこれでもかというくらいに伸びきっていた。

しばらくして、沖田はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ちょっと、躾の悪い犬に噛まれたんでィ」

それだけ言うと、沖田はさっさと立ち去ってしまった。
固まっていた隊士達は、一斉にはぁと脱力をする。それから、すぐだった。

聞き慣れた、バズーカの発射された音が屯所中に響き渡り、それと共に聞こえたのは、鬼の怒声、ではなく、土方ァァァァ!!と叫ぶ沖田の声。

「…躾の悪い犬って…」

一人がそう呟くと同時に、三人は顔を見合わせる。
そして、まさかなっ!と声を上げて笑った。

今日も、世には穏やかな一時が流れていた。





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