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□守れないもの
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「…なぁなぁ名無し川」
「…はい」
「お前さ、高尾のこと好きなんだっけ」
なぜそれを!
そんな目でこちらを見るのは、仕事終わりの怠惰な彼女の目。
虚ろだった表情が、急に混乱で満ちる。
「いや、普通に見てりゃ分かるけど」
「はぁ……バレバレでしたか」
あぁそうだよバレバレだ。
憎いほどに心が丸見えである。
というのも、彼女は高尾の前では明らかにたじろぐ。
話しかけられると突然キョドったり、頬を真っ赤に染めたり。
はたから見れば可愛い高校生のカップルだ。
が、そう世間は甘くないわけだ。
高尾には確か、好きなやつがいたはずだ。
そうだ、確かに聞いた。
ーー「宮地サーンっ、聞いてくださいよー!」
「あ"?何だよ黙れ早く片付けやれよ」
「あのっ、あのっ」
「わぁったようるせぇな!とっとと話せ!」
「クラスに、校内で一番美人って言われてる子いるんすけど、その子にデート誘われたんすよ!!硬派で有名なのに!」
「…は」
要するに自慢である。
何となく流したはずが、鮮明に覚えていた自分にそれとなく腹が立つ。
だがそれ以上に、それを知らないで純粋に想い続けてた名無し川にも腹が立った。
「お前、ばかじゃねーの」
「いやでも、顔に出ちゃうっていうか」
「そうじゃなくてさ」
唐突にベンチから立ち上がり、名無し川の肩をロッカーに押しつける。
「片想いが、バカバカしいっつってんだよ」
バチンッ
「…っ痛…てめっ」
「バカは宮地さんの方です!!」
ドクンッ
ほら今だって。
名前を呼ばれただけでこんなに嬉しいのに。
「ひょっとしたら、いつかこの想いが実る日だって来るかもしれないじゃないですか!!」
いっつも俺はそうだ。
素直になれなくて。
暴言しか言えなくて。
「ひどいです…応援していただけるかと思ってたのに…っ」
頬を叩かれて怯んだ俺の腕の隙間から、名無し川は逃げ出した。
荷物は置いてあるから、そのうちここへ帰ってくるはずだ。
いつもなら、さりげなく待っていようと思うが。
今日は、一刻も早くこのロッカールームから離れたかった。
(俺……何言ってんだ)
俺の勝手な嫉妬で、あいつを傷付けてしまった。
きっともう何があっても、名無し川が俺を見てくれることはない。
でも、あいつを止めることもできなかった。
きっと、告白したりして、振られて。
心がズタズタになるんだ。
だから、止めたかったのに。
やり方をどうやら、間違えた。
一方的に俺が嫌われて終わった。
自分のせいだ。
ーー守れないもの。
それは
(俺とあいつの、初恋の、心)