リトル・ウィッチ マーシュ

□ノノンのアトリエ
2ページ/7ページ

職人通りの下(東側)も雑貨屋の向こうは空き家だし、段差の真ん中の変な建物も今まで気にしたことはなかった。
「知らないのか? ここは錬金術のアトリエだ」
メガネをかけた黒髪の女性が言った。
「れんきんじゅつ?」
武具屋と同じくらい、一般人の私たちには馴染みのない言葉。
「ああ。しかも今の店主は…そう、丁度きみと同じくらいの年頃の、とびきり可愛い女の子だぞ」
嬉しそうに言うメガネの女性。
「まあ、その娘は私の弟子なんだがね」
「へえ…」
私と同い年くらいの女の子が、お店を切り盛りしてるなんて…食堂の彼よりすごいかも?
「きみも何か困ったことがあれば遠慮なく依頼してくれたまえ」
そう言いながら女性はお店には入らず、建物の裏へと歩いて行ってしまう。
…思い出した、職人通りのアトリエ。確か店主は気が向いたときしか仕事をしなくて、そろそろ潰れるんじゃないかと噂になってた。
昔からあるお店で、何度も店主が代わってるらしい。たぶん仕事嫌いの前の店主が辞めてしまって、私と同い年くらいの娘が新しい店主になったのかも?
(ん?…弟子?)
今の店主が弟子ってことは、前の店主はもしかして…さっきの女の人?
美人で頭も良さそうで、噂のような怠け者には見えなかったけど…
「師匠ー!どーして今から寝るんですか!せっかく帰ってきたんですから少しは手伝ってください!」
店の中から女の子の声が聞こえてきた。…なんとなく事情がわかった。
私も特に用があるわけじゃなかったし、そのまま階段を下りて隣の雑貨屋に寄った。雑貨屋の店主は若くて美人の優しそうな女の人で、昼間のサンライズ食堂よりもお客さんが多かった。
「ままー。あのおじちゃんたち、いつおしごとしてるの?」
「しーっ、指さしちゃいけません!」
…この母娘と私以外のお客さんはオジサンばっかりだった。
ゼッテル(高級な紙)が欲しかったけど高いので何も買わずに帰った。買う気もないのにマンドラゴラの根をしばらく見ていると、あの(母親と一緒に来てる)女の子も私の隣に来て根っこを触ってた。
「すべすべー」
「ほら、もう帰るわよ」
根っこは面白い形で、女の子の言うとおり触ると意外とスベスベしてた。

〜1月14日〜
特に目的もなく、でも何となくまた私は職人通りに来ていた。…食堂の彼や、雑貨屋の店主、アトリエの女の子みたいに…私も、ここで何かお仕事をしてみたいと思った。
広場のベンチで無駄に時間をつぶしていたことが、今頃になって恥ずかしく思えた。
『あのおじちゃんたち、いつおしごとしてるの?』
どうやら雑貨屋に来ていたオジサンたちは美人の店主さんが目当てらしい。お店の外でおばさんたちが話していた。ろくに仕事もしないで雑貨屋に入り浸ってるって。
…でも、そんな彼らでさえ目的がある。ただ待っているんじゃなくて、気になる人の顔を見に毎日来てる。
(夢中になれることって…何だろう)
待っていた時間が無駄だと感じた。私はそこまで彼のことを好きじゃなかったのかもしれない。
雑貨屋の隣の空き家の前で、しばらく家を眺めていた。…たとえば、この空き家が私のお店になったら…何のお店にしよう?
(食堂…いやいや)
お料理は、あまり得意じゃない。今から始めても食堂の彼にはかなわないし、それってなんかシャクだし。
(雑貨屋とか…)
でも商品はどうしよう? 自分の好きな物と売れる物は違うし、何より隣の美人店主にはとても勝ち目がない。
「君。錬金術に興味はないか?」
れんきんじゅつ…
「え」
私の回想ではなかった。昨日と同じ女の人が、また私に声をかけてきた。
「あ、あなたは…」
「私はアストリッド・ゼクセス。錬金術士だ」
れんきんじゅつし…ってことは、やっぱりあのアトリエの…
「アストリッド…さん?」
「まあ私のことはどうでもいい。君は…」
「ノノンです」
「では、ノノン。錬金術について何か知っているかな?」
「…いえ、全然…」
確か昔、遺跡から初めて機械が発掘された頃、錬金術士がその使い方を人々に教えたといわれている。だから機械を扱う専門家だと思ってたくらいで、錬金術っていうのも古代文明の技術か何かと…でも違う気がする。見たところ、あの段差にまたがった変な建物に機械の要素は何も見当たらない。
「まあ、そんなとこだろうな。実際に見てみたほうが早いかな」
女性はどこから持ってきたのか、鍵を取り出し空き家の入口のドアを開けた。
「ノノン。君に錬金術をお見せしよう」
アストリッドに言われるまま私も空き家に入る。ずっと掃除していないのか、少々ほこりっぽい。
アストリッドは綺麗に折り畳まれた真新しい布を取り出し、私の鼻と口を覆う形で器用に後頭部で結んでくれた。
「ネイロンフェザー。この生地も錬金術で作った物だ」
通気性に優れて息苦しくなく、それでいて不純物を通さない。

(→次頁へ)
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ