リトル・ウィッチ マーシュ

□ノノンのアトリエ
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〜1月12日〜
ここはアーランド王国の城下町。城壁の外に見える遺跡から発掘された“機械”と呼ばれる古代文明の技術の研究が進み、町の広場にも機械仕掛けの搭が巨木のようにそびえる。
のどかな町の風景に似合わない紫色の変な柱だけど、広場の中央にある泉の噴水を動かしているのも実は機械の力なんだって。毎日見てるけど私にはよくわからない。
「ふゎ…ぁーあ」
私はノノン。今日はある男の子と待ち合わせしてて、広場のベンチに座って三時間ほど待ったけど彼は来ない。機械とかいうのが私にも使えたら、彼が今どこで何してるかわかるのかなぁ…
思わず出るあくびをいちいち隠すのも飽きて気にしなくなったけど、こんなところで一人で涙を拭いてて(泣いてるわけじゃないけど)誰かに見られたら誤解されそうな気がする。
(…帰ろうかな)
ちょっとは期待してたけど、彼が絶対来るって確信があるわけじゃなかった。職人通りの食堂で見習いとして働く、ちょっと年上の彼は結構カッコよくて、それなりにモテる。…別に私と付き合ってるわけじゃないし。
この町には私と同年代の男の子が全然いなくて、三つ以上年下の子供か、ちょっと年上の彼以外は、歳が近い男の子さえいない。
実は、この町では機械がもたらす公害が問題になり始めていて、工場通りの家の壁は煙のせいで真っ黒。王国の将来を担う男の子たちは、一定の年齢になると環境のいい地方へ行ってそれぞれの仕事の修行をして、大人になってから町へ帰ってくる(そのまま地方で働く人もいるけど)。
「…っとと」
ずっと座ってて急に立ったら、何もないところで転びそうになった。
「…ん?」
黒いドレスを着た10歳くらいの女の子が、私の目の前で立ち止まってる。長い髪を二つ結びにした、なかなか可愛い子…
「じゃましないで。おつかいのとちゅうなんだから!」
別に私に用があったわけじゃなく、よろけた私がたまたま彼女の進行方向に割り込んだだけか(ノ∀`)
「…あ、ゴメン」
道をあけると、彼女はツンとすました様子で何も言わず行ってしまった。
私も帰ろうと思って広場の南へと歩いていくと、噴水のそばに別の女の子がいて…
「こんにちは、おねーちゃん」
さっきの黒いドレスの娘と髪の色は違うけど、同じ髪形。
「こんにちは…」
挨拶してくれたと思って私も返事したけど、女の子は噴水のほうを向いたまま、後ろ姿…なんだか拍子抜けしてしまった。
結局この日は名前も知らない年下の女の子二人とわずかな会話を交わしただけで、ほとんど無駄な時間を過ごした…

〜1月13日〜
「ふゎ…はぁ」
…で、翌日も私は広場のベンチに座ってあくびををしている。もしかしたら彼が約束の日付を間違えた…なんてこともあるかと思って。
もしかしたら私のほうが勘違いしてて、本当は今日が約束の日なんてことも…
(…ないよね)
やっぱり彼は来ない。食堂の仕事が忙しくて来られなくなったのかもしれない…と、来ない彼のかわりに私がいろいろ言い訳をして待ち続けるのも飽きてきた。
いつまで待っても彼が私に声をかけてくれることはなく、ただ噴水の音だけが聞こえる。この音にまぎれて彼への不満でも叫んでやろうかと思ったけど、やめた。
(職人通り…か)
今日もおつかいに行くらしい、あの二つ結びの女の子が通りかかったのを見て、ベンチから立つ。
(…行ってみようかな)
彼が働くサンライズ食堂は職人通りの端っこ。広場からは食堂がある西側が近い。
でも、いざ食堂の建物が見えると、私はなんだか気が引けてそのまま行き過ぎてしまった。…だいたい、彼が働いてる時間に食堂に押し掛けてどうしようというのか。
(…何してんだろ、私)
彼は一応見習いということになってるけど、実質一人で食堂を切り盛りしてる。仕事中は忙しくて、まともに話なんかできっこない。彼だけじゃなく食堂のお客さんにまで迷惑をかけてしまう。
「…あ」
あれこれ考えながら職人通りを東へと歩いていた私は、気づくと奇妙な建物の前にいた。職人通りの真ん中には階段があって、上(西側)に食堂、下(東側)に雑貨屋があり、用途別に上と下のどちらかへ行けばいいから、この階段をわざわざ通る人は滅多にいない。食堂から雑貨屋、雑貨屋から食堂へ行かないかぎり階段を使う必要はない。
その大きな段差にまたがった、いびつな形の建物がある。もし階段を通るなら食堂か雑貨屋に用事があるから、普通こんなところで立ち止まる人は誰もいない。
「ロロナの…アトリエ?」
真新しい看板にそう書かれている。
「客か?」
思わず短く言葉にならない声が出てしまった。振り向くとメガネをかけた黒髪の大人の女の人がいる。
「い、いえ…ここ、何のお店ですか?」
サンライズ食堂の隣は武具屋(お城の騎士用の武器や鎧などを作っている職人さんがいる)だし、食堂以外で上(西側)にあるお店なんて全然知らない。

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