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□凍った花弁に君の死体
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人が一番美しいのはいったい何時なのだろう。
下校途中のバスに揺られ、明日締め切りの小説の結末を考えていたところ、ふと頭に浮かんだのだ。
どんなに純粋に見える人間でも、心には必ず淀みを抱えている。それは世界共通の事であり、抗いようの無い事実である。
それを理解してなお、最初のフレーズが私の頭から離れなかった。


翌日の放課後、委員会の仕事があり、時計の針は私がいつも部室にいる一時間後を示していた。
校舎の隅にある小さな教室、その古いドアを開け、「すみません遅れました!」と頭を下げる。そもそもこの部活は締め切りさえ間に合えば自由参加という部だったが、毎日通っている一つ上の部長に締め切りの小説を渡さなくてはならないのだ。それを抜きにしても、私は毎日この部室に通っているわけだが。
しかし、先輩からの返事は無かった。いつもうるさいくらいに何か言ってくるのに、と頭を上げる。

「・・・あ」

窓際の、丸テーブル。
そこに突っ伏し、すやすやと眠りこけていたのは、紛れも無く部長で私の先輩である陸道李華だった。
黒で縁取られた眼鏡をつけたまま、カーテンもひかずに、暇人すぎるだろうと一人ため息をついた。
ふ、と。テーブルの上にぽつんと置かれた、安っぽい花瓶に目が向いた。確か、先輩が先生から貰ったと飾っていたやつだ。
真っ白のガーベラが数本入ったその花瓶に、無意識に手が行く。一番手前にあった、一際綺麗に咲いたその花を手にし、しばらく眺めていた。

『人間が一番美しいのは、』

先輩の黒い眼鏡を取り、花瓶の前に畳んで置く。後ろで縛っていた髪を解き、軽く手櫛でととのえた。
今から自分が何をするのか、正直分からなかった。意識しないまま手が動き、ガーベラの花弁を一枚一枚ちぎって先輩の上に落としていった。
光景だけ見ると、私はとんでもない変態だろう。いや、構わない。一応変人は自負している。
一本分の花弁をちぎり落とし、いったん後ろにある椅子に座った。なかなかの出来栄えだ、ポケットから携帯を取り出し、カメラを起動してシャッター代わりのボタンを押す。
かしゃっ、という軽快な音。無駄に高画質な携帯には、先輩の寝顔がアップで写し出されていた。

『死んでしまった時か』

悪人も善人も、死の前では全て平等だ。誰もが避けては通れぬこの終末こそが、人という生き物を最も輝かせるのだろう。
そう一人で納得していると、シャッター音で目が覚めたのか、軽く身をよじらせながら先輩が目を開けた。寝ぼけ眼でこちらを見上げ、「ん・・・ぁあ、おはよ」と呟く。

「締め切りの小説のデータ、持ってきましたよ」
「お疲れ様。いやぁ私も眠くて眠くて・・・ん?」

顔からはらはらと落ちた花弁に首を傾げる。
そして顔、髪に手をやり、私の手に握られている携帯に目を向けた。
しまったと携帯を閉じたその瞬間、

「何してんだこのセクハラぁぁぁぁぁあ!!!!」

手元にあった鉛筆を投げ付けられ、思わず飛びのいた。この先輩は怒ると気性が荒くなるのは承知していたが、ともかく今回はいつもと比にならないくらい怖い。

「せ、先輩・・・セクハラ行為は謝りますから、その、シャーペンを手から離してくれませんか?」
「魅零、お前の携帯にある写真、今すぐ消せ」
「いやそれは・・・」
「消せ」
「だから・・・」
「新作のデータ水没させんぞおい」
「消します今すぐ消します!!」

慌てて携帯を開く。削除する前に、手早くメールに添付し、パソコンへ送っておいた。後でちゃんと保存しておかないと、先輩に気付かれたら終わりだ。
幸い、送信している事を先輩に知られずにすんだ。注意力が無いというか、とにかく削除画面を先輩に見せ、ボタンを押す。

「はい、消しましたよ」
「本当に消したんでしょうね?」
「今見てたでしょ・・・」
「・・・ふん、まぁいいや。で、これが文芸誌の小説ね。お疲れ様、もう帰ってもいいよ」
「いや、もう少しいます。面白い本を見つけたんで」

がたつく椅子に座ると、私は昨日見つけた本の話を始めた。
脳裏からはさっきの先輩の姿が焼き付いて消える事は無かった。











End
魅零ちゃん変態や。

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