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□冷涼ブルー
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今日は熱帯夜になることはないでしょう。
テレビのニュースでそう言っていたのを、アイチはふと思い出した。ラフな部屋着姿でそっと窓に近寄る。時間はもう既に日付が変わる頃だ。からりと開けた窓の外を眺め、アイチは「わぁ」と思わず声をあげた。
黒い絵の具をぶちまけたような空に、沢山の星が光っている。加えて、ひやりと頬を撫でる冷たい風。真夏とは思えない光景だ。

「綺麗だなぁ…」

何だか、一人で楽しむのは勿体ない気がして、勉強机に置いてある携帯を手に取った。さて、と深呼吸。恐る恐る呼び出したのは、櫂の電話番号だった。
起きてるかなぁ、起こしたりしないかなぁ。不安になる心とは裏腹に、案外あっさりと電話は繋がった。『もしもし?』と聞こえてきた優しい声に、アイチはふふと笑みを溢した。

「ごめんね、櫂くん。こんな遅くに」
『いや、まだしばらく寝る気は無かったからな』
「そうだったんだ、よかったぁ」

ふふ、と含み笑いをして、「櫂くん、空見てみて」と電話口にそう言った。スピーカーからかたかたと物音が聞こえてくる。次いで、そっと息を飲むような音も。
今にもこぼれ落ちてきそうな星空をしばらく眺めていると、櫂が不意に名前を呼んだ。

「どうしたの?」
『天の川、見えないな』
「それは無理じゃないかなぁ、一応都会だし」

そうか、と小さく呟かれた声は少し不満そうなふてくされた声だった。無愛想なひとつ歳上の彼に似合わず、子供っぽいそれにアイチはくすりと笑みを溢した。

『…アイチ』
「ん?」
『今度流星群でも見に行くか』

天の川と思ったら今度は流星群、雨のように降り注ぐ星を思い浮かべて心が弾むのが分かった。星を見に行くのも嬉しいが、櫂と一緒に行くということが何よりも嬉しいのだ。

「うんっ、行こう、今度二人で」
『そうだな。どこか田舎のほうに泊まりに行って、夜に出かけるとか』
「と、泊まり!?は、恥ずかしいよ!」
『何を今更言ってるんだ。それに、夜中星を見に行くなら歩きじゃ危険だろう。俺もお前も免許を持っていないし』
「いや、櫂くんの家に泊まった事はあるけど、旅館とかはちょっと…」

さすがに恥ずかしすぎる、火照ってきた頬を両手で挟んで冷やす。すると、スピーカーの奥から微かに笑う声が聞こえてきた。

『冗談だ。本気にするな』
「なんだぁ、ちょっと焦ったよ。あ、じゃあさ、僕の家に天体望遠鏡があるんだ。櫂くんちのベランダに置いて一緒に見ようよ」
『いいな、それ。次の流星群の時に家に来い。一緒に見よう』
「うん!えへへ、電話してよかったぁ」

はにかんだように笑うアイチに、櫂は小さく笑って、そうだなと一言返した。いくつか約束事をして、二言三言会話を交わし電話を切った。携帯を机に置き、ひんやりと冷えたベッドに倒れこんだ。少し窓を開けて、カーテンを全開に。

「…櫂くん、まだ見てるかな?」

自然と上がる口角。そしてゆるりと訪れる眠気に目を閉じた。明日も会えるかな、なんて夢みたいな事を考えながら。


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