-Story-

□Act.04 -歪曲-
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やれやれ、と。半分呆れながらも、オーナーの足はゆっくり妹の元へと近付いていく。
一歩、また一歩。
その間、身体が全く動かない事に、ブレアは戸惑う。
それを理解する頃には、既に彼女の一歩前に、オーナーの姿があって。
頭一つ分上の兄の顔を見上げる形で、女はきっと睨み付けた。

 …血を分けた兄妹のハズなのに、似てないな――と。幼い頃の記憶が、脳裏に蘇る。

「――だが、詮索は無用だ。」

「っ――!?」

一瞬の不意をつき、妹の顎を指先で、腰を片手で捕えた男は。
一切の拒絶も許さぬ程の強い力で己の胸に寄せ、その憤る唇を唇で塞いだのだ。

  一瞬。

それが一分、一時間とも長いように感じて。
力強い腕から解放された頃には、全身の力を失っていた。
ガクリと、その場に膝を付く。
額から、全身から、冷たい汗が、静かに流れていく。
その様子を垣間見、男は軽く鼻で笑む。
彼女の横を通り過ぎた。
付き合ってられんと、一瞬で興醒めし、社長室を後にする。
気配が遠くなる事に比例して、数秒前に身に起きた事実が、熱を持って体内を駆け巡った。
そして、投げ掛けられた言葉が、こうだ。

「お前の才能を買っているんだ。お前は、与えられた仕事に専念していればいい。」

「……っ。」

微笑こそ浮かべてはいるが、それは完全に自分を突き放す冷たい言葉だった。
その壮絶なまでの立ち居振る舞いと、恐怖とさえ感じてしまう大きな存在に。
また、自分はこの人に勝てないと、床に崩れ落ちたまま、ブレアは嘆いた。
知らず知らずの内に、握り締めた両の拳からは、一筋の赤いモノが床を伝う。

(どうして、こう……。)

自分の感情を知っていて、知らぬフリをして。
こういう時だけ、弄ぶ。この兄の性格に、自分の弱みとして突き立てられてしまうのか。
回答など、最初から分かっている。
さっきも。知っていたが、動けなかった。
『恐怖』と『期待』いう感情が入り混じった、その揺ぎ無い存在に。

「どうしたら…!」

あの男から、兄から、解放されるのか。
答えの見えぬ現実に、立ち上がる術すら見えなくなる。
揺らぐ視界に見えるのは、ただただ白いだけの無機質な床。


静かに狂っていく兄と、歪み始めた架空の世界に。

重なるように、少年の笑みと、不敵に笑う騎士の姿が、残像として思考回路に焼きついた。


 無力の自分に、出来る事など。
 彼女が知る事柄は、たった一つしか、ない。



   ****



――ふと、その足が止まる。

「…ああ、言い忘れた。」

フェイトは休みだと言っておけば良かったか、と。
会談予定である大手企業の回廊で、ようやくその事に気付いたオーナー・ルシファーだったが。
もう既に陽は傾きかけ、遅刻というにはあまりにも遅すぎる時間帯である。
言わずとも、とうの昔に休み扱いされているだろうと勝手に推察して、男は再び歩を進めた。
そして、口元に手を当て、溢れ出る笑みを抑えようとする。

(今夜は、どうしてくれようか…。)

昨夜・今朝と無理をさせたが、それでもまだ満ち足りない…。
今夜は少し遅くなってしまうが、また相手をしてくれるだろうか、彼は。

「…オーナー?」

男の少し後ろに控え、簡単にこの後の予定を話していた秘書室長が、微笑を浮かべているオーナーを窺い見る。
何処か間違えたかと訊ねたのだが、男にはまるで聞こえてなどいなかった。


 ――まだ始まったばかりだ…。


存在などしない黒髪の騎士に、オーナーは胸中でそう宣言する。



END ?

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