少女の祈りと恋心

□出会い
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桜が舞い散るこの季節。 出会いは、突然訪れる。
「わぁ〜!すっごい大きな桜の木!桜の長かな?」
一本の大きな桜の木の下に一人の少女が立っていた。少女は、桜の木を見上げながら、その瞳を輝かせている。
少女の姿は、はたから見ても、十一、二歳の年で二つに結んだ背中の半分くらいの黒く艶やかな髪、丸く大きな瞳、白く美しい肌という、とても綺麗な顔立ちであった。
「桜さん。私、今日からこの町に引っ越して来た、水原 美音といいます。どうぞよろしくお願いします!」
ペコリと桜の木に頭を下げる美音。そして、顔を上げた美音の表情は、満面の笑みだった。
その時、突然風が強く吹いた。
「ぅわわわっ!」
風の強さに驚きながら、じっと風が止むのを待った。それから、すぐに風は止み、辺りには、風で散った桜の花びらが落ちていた。
「は〜、すごい風だった〜・・・。」
美音の身体にもたくさんの花びらが付いていた。その花びらを手で払っていると、フッと美音を後ろから影が包んだ。美音は驚き、慌てて後ろを振り返ると、一本の細く小さな腕が美音の頭に伸びた。
「っ!!」
ビクッと肩を揺らしながら、美音は思わず目を閉じた。そして、ゆっくりと目を開けると、美音の目の前には、一人の少年が立っていた。少年は、美音と目が合うと、ニコリと笑った。
美音は、知らない少年にドキドキと緊張していた。
(私に何か御用なのかな?・・・それにしても、いつの間に私の後ろにいたんだろう?)
疑問を胸にしまって、美音は、じっと少年を見つめた。
少年の容姿は、美音より五センチ程高い背丈に、白銀でストレートの短い髪、少し丸みのある碧眼、そして、美音と同じくらい白い肌の可愛らしい少年だった。
少年は、手を美音に見えるように上げ、掌を広げた。
「あっ・・・。」
少年の掌には、数枚の花びらが乗っていた。思わず声を上げた美音に、少年は優しく微笑み、口を開いた。
「この花びらが、君の髪に付いていたんだ。・・・ごめんね。驚かせて。」
片眉を下げ、謝罪する少年に美音は首を左右に振る。
「いえ、勝手に驚いたのは、私ですから、どうぞ気にしないで下さい。」
「えっ?・・・うん。ありがとう!」
無邪気に笑う少年に美音も自然と微笑んでいた。
(優しそうな人だな・・・・。)
しばらく少年と会話をしていたら、ふと思い出したように少年は、声を上げた。
「あっ、そういえば、僕、君の名前知らないや。・・・名前、聞いても良いかな?」
「あっ、はい。水原 美音。今年から、小学六年生です。今日、この町に引っ越して来ました。」
「美音ちゃんって、呼んだ方が良いかな?」
「いえ。美音で構いません。」
「じゃあ、美音。僕の名前は、月宮 咲夜。今年から、中学一年生。ずっと、この町に住んでるんだ!」
笑顔で自己紹介する咲夜に、美音は一つ疑問に思った。
「えっ?外国の人じゃ・・・。」
白銀の髪に碧眼の咲夜は、外国人という疑問を抱いても可笑しくは無かった。
その質問に、咲夜は、優しく微笑んだ。
「うん。ハーフなんだ。」
「ハーフ?」
「そう。だから、半分は、外国人。でも、生まれは、ここなんだ。」
「そうなんですか。」
美音は、納得したようで、表情が和らいでいた。そして、咲夜は、付け加えるようにして言った。
「もう一つの名前が、セシル・リア・ファンセム。これは、ここの人達には、内緒なんだけどね。だから、家族や親戚、または、同族やその関係者しか知らないんだ。」
「えっ?内緒なんですか?それに、同族って・・・?」
美音の質問に咲夜は、少し真剣な顔つきになり、それに、美音は、身体を固めた。
「・・・・・美音は、僕の言うこと、信じてくれる?」
「えっ・・・と。聞いてみないとわかりません・・・。」
「・・・・そ・・うだよね。じゃあ、言うよ。」
「はい。」
「僕・・・実は・・・・ヴァンパイア・・・なんだ・・・・。」
「・・・・・・・・・・・へっ?」
突然の告白に、驚く美音。その反応に、咲夜は、困った顔をした。
「・・・・やっぱり、信じてもらえないよね。ごめんね。今の忘れて。」
忘れてと言う咲夜の表情は、悲しそうで、美音には、とても彼が嘘を吐いているようには、思えなかった。
「・・・信じる。」
「・・・・・・えっ?」
「私は、咲夜さんを信じます。」
「なっ、何で?」
思ってもなかった美音の返事に、咲夜は、動揺を隠せなかった。それに、美音は、笑顔で答えた。
「だって、咲夜さん。とても嘘吐いてるようには、思えないから。・・・だから、私は、咲夜さんを信じます。」
「・・・・そっか。・・・・・ありがとう。美音。」
安心したのか、咲夜の表情には、小さな笑みが見えた。それが、美音には、嬉しく思えて、とびきりの笑顔を見せた。その笑顔は、とても可愛らしく、まるで天使が微笑んでいるかのようだった。そして、その笑顔を見た咲夜は、頬を朱に染めていた。
「・・・・?咲夜さん?」
「えっ!?いやっ、その・・・。」
動揺する咲夜に首を傾げる美音は、ふと一つ気づいた。
「そういえば、咲夜さんがヴァンパイアってことは・・・咲夜さんは、人の血を吸うの?」
「そだね。吸う奴もいるけど、吸わない奴もいるよ。別に吸わなければ、生きてけない訳じゃないし。」
素直に答える咲夜に肝心なことを聞いていない美音は、もう一度聞いた。
「・・・咲夜さんも?」
「好きだけど吸わないよ。」
「どうして?」
「あっ、少し言葉間違えたかな?えっと、吸いたいけど吸わないの。だって、好きだから。」
「・・・・好き?」
「そうなんだ。僕は、人が好きなの。だから、吸わない。・・・だって、吸ったら、人から嫌われちゃう。嫌われるのは、嫌なんだ。」
「嫌われるだけなの?噛まれたらヴァンパイアになっちゃうんじゃなくて?」
「それは、純血のヴァンパイアに噛まれたらの話だよ。今さっきも言ったよね?ハーフだって。僕は、人間とヴァンパイアの混血なんだ。だから、大丈夫。まぁ、噛まれたばっかりだっ
 たら、少し貧血になっちゃうけど・・・それも、しばらくしたら治るよ。」
「・・・・そっかぁ。」
安堵する美音に咲夜は、苦笑する。
「もしかして、僕のことが怖かったの?大丈夫だよ。美音には、絶対噛み付かないから。」
「何で?」
「だって、美音は、僕を信じてくれたから。・・・・嫌われたくない。」
「別に私は、咲夜さんに噛まれても、嫌ったりしないよ?」
「それでも噛まない!!」
強く反論する咲夜に驚きながら美音は、もう一つ、咲夜に尋ねた。
「咲夜さんは、何で私に色々教えたの?内緒なことなのに。」
美音の質問に咲夜は、少し身を固めた。
その反応に首を傾げながら、美音は、咲夜の返答を待った。
「・・・・絶対言わないと、駄目かな?」
意外な言葉に驚いて、美音は、少し言葉を躊躇した。
(・・・言えないことだつたのかな?)
しばらくして、先に口を開いたのは、咲夜の方だった。
「・・・・わかった。言っても良いよ。けど、実は、さっき僕が言ったことと、矛盾してるんだよね。だから、言いたく無かったんだ。・・・ごめんね。」
「・・・・・矛盾?」
「そう。僕さっき美音を噛まないって言ったよね?けど、さっき美音に会った時、僕、美音に噛みつこうとしてたんだ。」
「っ!?」
咲夜の言葉に、美音は、動揺を隠せなかった。それに、咲夜は、苦笑する。
「動揺するのも無理ないよね。」
「・・・どういうこと?」
「僕は、偶然、ここを散歩してたんだ。そしたら、何処からか、甘い匂いがしたんだ。そして、来てみれば、美音がいたの。甘い匂いの正体は、美音だった。」
「匂いって・・・私、何も付けてないよ?」
首を傾げる美音に、咲夜は、左右に首を振った。
「ううん。違うよ。匂いは、外からのものじゃなくて、内からのものの匂いだよ。」
「・・・・・?」
意味がよく理解出来ない美音に、咲夜は、片眉を下げた。
「はっきり言うと、血の匂いの事だよ。美音。どっか怪我してない?」
「えっ?・・・・・・・あっ。」
聞かれたので、美音は、自分の身体を見回すと、手首に少し血が出ていた。
「きっと、さっき桜の木に触ったときに、切っちゃったんだ。」
「・・・その匂いに導かれて、僕はここへ来たんだ。・・・たぶん、美音の血は、普通の人より特別なんだよ。」
「・・・・特別?」
「言いにくいんだけど・・・ヴァンパイアとかには、すごくおいしそうに見えるんだよ。」
「・・・咲夜さんも、私がおいしそうに見えたの?」
素直に返され、答えに戸惑う咲夜に、美音は、ニコッと笑った。
「大丈夫だよ。そう見えたとしても、私は、咲夜さんを嫌いになったりしないから。」
「・・・・・えっ?」
「だって、咲夜さんは、私に秘密を話してくれた。信じるかどうかもわからない私に・・。」
美音は、優しい眼差しで咲夜を見つめた。それを、咲夜は、申し訳なさそうに俯いた。
「・・・・ごめんね?」
「ううん。」
咲夜が謝ると、その場の空気が和らいだようだった。しばらく、二人は、笑いあった。
「・・・ところで、美音。」
「ん?何?」
「さっきから思ってたんだけど、・・・敬語じゃなくなってるよ。」
「えっ?あっ、本当!・・・ごめんなさい。」
美音は、咲夜に、頭を下げた。それを、咲夜は、慌てて否定した。
「いやいや、敬語じゃなくていいよ。だって、美音。最初に美音と話したとき、なんか小学生とは思えないほど、しっかりとした物言いで驚いたから・・・。今の方が、子供らしくて、
僕は好きだよ。」
「えっ?そうかな?・・・・ありがとう。咲夜さん。」
「ううん。僕も嬉しいから。」
ニコニコと笑顔を美音に向ける咲夜。そんな咲夜に安心するようにホッと息をつく美音。
「・・・・でも、私の血ってそんなにおいしいのかな?」
「うん。たぶん、そのせいで他のヴァンパイアに狙われるかもしれない。」
「えっ!?」
その言葉に驚く美音。それに咲夜は、目で『大丈夫。』と伝える。
「・・・大丈夫。美音は、僕が守るから。」
「・・・・・咲夜さん。」
「大丈夫だよ。・・・絶対大丈夫。安心して。ねっ?」
咲夜は、優しく美音の頭を撫でる。それに美音は、コクンと首を上下に振る。
「・・・ありがとう。咲夜さん。」
「ううん。・・・・二人の約束。」
「うん。約束。・・・・・これから、よろしくお願いします。」
二人は、小指を絡ませる。そして、二人は目を合わせ、笑いあった。
この時の空は、青く澄み渡っていた。 
初めて二人が出会った場所。そして、最初の二人の約束を交わした場所。
二人にとって、この場所は、最も大切な場所になったのだった。
軋む歯車の音に気づきもせずに・・・・。


「ただいま!」
美音は、家に帰りつくと、元気よく言った。
すると、奥の方から数人の足音がドタドタと、近づいて来た。出てきたのは、男三人に女一人の計四人だ。
美音は、五人兄姉の末っ子で、出迎えたのは、その兄姉達だった。
「美音!どこ行ってたの!?心配したじゃない!」
ギューっと美音を抱きしめる彼女は、雪音。美音の三番目の姉である。
雪音は、緩やかに波打つ黒の長髪に、気の強そうな勝気な瞳、そして、美音と同じ程の白い肌でとても美しい女性だった。今年から、高校二年生になる。そして、最も美音を愛し、可愛がっている。
「ごめんなさい。ちょっと、そこら辺を歩いてみたくて・・・。」
「それなら私を連れてけば、良かったじゃない!」
「だって、雪音お姉ちゃんもお兄ちゃん達も手続きとか準備とかで忙しそうだったから・・・・。」
ショボンと落ち込み俯く美音の頭の上に、ポンと手を乗せ、優しく撫でてくれる人の顔を見るために、美音は顔を上げた。すると、そこには、ニッコリと微笑む少年がいた。
「・・・白兎お兄ちゃん。」
美音のすぐ上の兄、白兎である。
白兎は、ストレートの短髪に、細く少し丸みのある瞳、それと、背が高く無口でクールな少年である。そして、今年から、中学二年生である。
「美音が無事ならいいんだよ。・・・おかえり。」
白兎は、美音に優しく笑った。それに、安心するように、美音は、フワッと微笑んだ。
「美音は、白兎が大好きだなぁ。そして、白兎は、憎たらしいなぁ。」
「そう言うな。雨月。まぁ、気持ちは分かるが・・・。」
あははっと笑いながら、白兎に棘のある言い方をする青年と、それに苦笑しながらも同意する青年の後ろには、黒いオーラが見え、いかにも、怒っているように見えた美音は、ガタガタと震えた。そんな美音を、後ろに庇い、白兎は、二人を見据えた。
「雨月兄さんは、いつものことだから分かるけど、何で風月兄さんまで怒ってるの?」
雨月とは、先程、白兎に棘のある言い方をした青年で、美音の二番目の兄である。そして、風月はその双子の兄であり、水原家の長男である。
二人は一卵性の双子で、白兎と同じく、細く丸みのある瞳に、背が高く、ストレートの髪をしているが、風月は腰まである長髪を一つに束ねており、雨月は肩に付くか付かないかの髪の長さで、それ以外は、全く同じ容姿である。
現在、十八で、風月はパティシエ、雨月はゲーム会社に今年から働くことになり、実家をでるときに、『三人は、俺達で面倒を見るから。』と、もともと、高校時代にバイトして貯めたお金は、三人を養うには十分で、雪音と白兎、それに、美音を引き連れて実家を出たのだった。
「いや、なんとなく雨月に合わせてみようかと思って。」
「なんとなくで大事な妹を怯えさせてどうするの。」
ハァと溜息を吐くと風月はニコニコと笑いながら、美音に顔を向けた。それに美音は、肩をビクッと揺らし、風月の瞳をじっと見つめた。
「ごめんね。美音。でも、これに懲りたら、誰にも何も言わずに何処かへ行かないことだよ?」
『ねっ!』と、有無を言わせないような笑顔に、美音は、首を上下にブンブンと勢いよく振った。それに風月は、満足そうに頷いた。
「よし!美音も無事だった訳だし、晩御飯作っちゃおっか。」
料理やお菓子を作ることが好きな風月は、子供っぽくニッと笑うと美音の手を引いて、家の奥へと足を進めた。
それを雪音は、『抜け駆けは、許さないわよ!兄さん!』と、言いながら、急いで二人の後を追った。それを後ろで溜息を吐きながら、雨月と白兎もそれに続いた。
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