カラフルラプソディ
□特訓の成果みせてよね
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『……ちょっと、大丈夫?』
「あぁ?……問題ねーよ」
「また眠れなかったんですか?」
明らかに寝不足な様子の火神に、結衣と黒子は苦笑いしながら声をかけた。
海常との練習試合の日も同じような様子だった火神にリコは呆れたように溜息をつく。
「しっかりしてよー?今日は大事な初戦なんだからね!」
今日はインターハイ予選の初日。
東京都の場合は、出場高校の数が多いため4ブロックに分けられてトーナメント戦が行われる。このトーナメント戦を優勝して、決勝リーグに進んだ4校のうちインターハイに進めるのはたった3校となっている。
「分かってる!っすよ」
目を真っ赤に充血させながら言う火神には、残念ながら説得力はない。
でも、やるべきことはやった。対策は結衣を中心にとってきた。
「さ、行くわよ!」
「「「おう!!」」」
『……はいっ!』
気合いは十分。
気持ちを引き締め直して、結衣達は予選会場の中へ入っていった。
「んーーー…」
『どうしたんですかリコ先輩?』
「んー…いないわね、お父さん」
『ああ…』
コート半面ずつでお互い練習中。そんな中、相手側のコートを見ていたリコは難しい顔で何やら唸っていて。
一回戦の相手、新協高校で一番注意すべき選手のパパ・ンバイ・シキの姿がないらしい。ちなみに、パパ・ンバイ・シキという名前が長すぎて覚えにくかったリコ達は結衣にあだ名を付けるよう促すと、結衣は『んー…じゃあお父さんで!』と簡単にあだ名を決めた。パパ、という要素だけ取って「お父さん」である。結衣のそのネーミングセンスに突っ込む者は誰もいなかった。
『(まさか温存するつもり?…いや、そこまでナメられてないよね…練習試合とはいえ、海常高校に勝ったウワサは流れてるハズだし…)』
「すみません遅れましたーーアイテ!!」
「おせーよ!何してんだ早く来いよ!!」
『……来たみたいですね』
「デカッ……!?」
「って言うか長ッ!!」
結衣とリコは偵察でお父さん(パパ)の姿を生で見ていたが、日向達は生で初めて見るお父さんの姿に、少し押され気味。ここまで背の高い選手はなかなかいない。というより、誠凛としてはここまでの背の高い選手を相手にしたことはなかった。
お父さんも自分の背丈が把握出来ていないのか、入口に思い切りおでこをぶつけて涙目になってしまったていた。
「日本…みンな小さイ……何でモ…」
「……この間は上から見たけど、目の前で見るとホントに大きいわね…」
『………そう、ですね』
確かに大きいけれど結衣自身はそんなに脅威を感じないあたり、慣れてしまっているらしい。
そんなことを考えていると、新協高校キャプテンが日向に話しかけようとしているのが見えた。試合前の挨拶かとも思ったが、雰囲気はそんな感じがしない。
「なぁ、海常高校に勝ったってマジ?」
「え?まぁ、練習試合でッスけど…」
「なーんだ。じゃあそんなでもないんだな」
「カイジョー?」
「キセキの世代が入ったトコ!この前教えたろ!」
『……』
「キセキの世代……負け…?」
「キセキの世代に勝つタメに呼ばレタのに、負けるなんテ弱いチームね」と言葉を続けるお父さんに、結衣は少しムッとした。
知らない間に眉間にシワが寄っていたようで、水戸部に眉間を突っつかれる。驚いた結衣は目を丸くして水戸部を見つめた。
『み、水戸部先輩…?』
「藍原ちゃん、そんな顔してたら可愛い顔が台無しだぞー?」
『小金井先輩…』
言葉を話さない水戸部の代わりに、小金井が猫のように笑いながら通訳をしてくれた。相変わらず凄いと感心してしまう。
水戸部も、優しく笑いながら頷いていた。
「んなツラしてんじゃねーよ」
『いたっ……何すんの火神君…』
結衣の頭をしっかりと掴んでニヤリと笑う火神。
女の子の頭をわしづかみにするとは何事、と思った結衣だったが、火神が「怒ってんのは、お前だけじゃねーみてぇだぜ」と笑いながら言うので首を傾げる。どういう意味だろう。
『へ……?うわっ…!!』
結衣の目の前に飛んできたのは火神が脱ぎ捨てたTシャツ。きちんと畳んでベンチに置きなさいよと言ってやりたいと思ったが、火神の視線の先にいる黒子の姿を見て次の言葉が出てこなかった。
珍しい、というより、久しぶりに見た。
「……」
『(テツが…怒ってらっしゃる……)』
静かに怒りの雰囲気を醸し出している黒子に目を丸くする結衣だったが、彼も同じ気持ちなのだと気付き『見せつけてあげないとねぇ』と笑みを浮かべる。
そんな彼女の笑みを見た1年3人組はドキリとしつつも思わず震え上がった。綺麗な笑みであるものの、どこか怖いと思わせる強気な笑み。彼女もまたキセキの世代の一部なのだと再認識した降旗達だった。
「……え?黒子君スターター?」
「はい、お願いします」
「黒子君には時間制限があるでしょ?それに、シックスマンとして戦況を見て出してくって話したじゃない」
「お願いします」
「……(目が血走ってるし…)どうする結衣ちゃん?」
お父さんの発言にカチンときたらしい黒子はランランとした様子。やる気十分らしい。
そんな黒子の様子に困ったように笑うリコ。つられて結衣も思わず笑ってしまう。黒子の気持ちは、結衣もよく分かっていた。
『そうですね……テツは一応切り札的存在なので、中途半端な攻めでは逆効果になるかと』
「オーケー。つまり、初っ端からカマしていくような流れで行ければ良いのね」
『はい。第1Q…最低10点差はつけたいところですね』
「…だ、そうよ黒子君。いける?」
「もちろんです」
結衣とリコの言葉を背中で聞き、黒子はリストバンドを着け直してコートへ向かって行く。
結衣にとっても、もちろん黒子にとっても久しぶりの公式戦。そわそわしてしまうのは仕方のないことかもしれない。
『……あ、待ってテツ!忘れ物!』
「忘れ物…?」
『はい!』
「!」
黒子に向かって突き出した拳。海常戦で久しぶりにやった、試合前の恒例儀式(儀式?)。
一瞬面食らったような顔をした黒子だったが、すぐに柔らかく笑って結衣の拳に自らの拳を合わせた。
「行ってきます」
『行ってらっしゃい!』
「……」
『はい、火神君も!』
「は、はぁ!?オ、オレは別に…!」
「何照れているんですか?海常戦でもしてたじゃないですか」
「照れてねぇ!!」
「ああもう!これで良いんだろ!!」とパパッと拳を合わせてコートに入っていってしまった火神。
黒子の言う通り、海常との試合の時は普通に(面食らった表情はしていたが)したのに、今回は少し照れたようで。
『頑張れ、新しいコンビ。次は………ずっと、同じ道を歩いて行けるように』
黒子と火神の並んで歩いていく背中に、どこか懐かしさを感じながら。そして少しだけ切なさも感じたけれど、それに蓋をする。今は必要ないものだ。
ゆっくりとパソコンを開く。
「これより、新協高校対誠凛高校の試合を開始します!」
結衣にとってのスタートはここから。
もう、後悔をしないように。悔いの残らないように。
「礼!」
「「よろしくお願いします!!」」
コートの中の黒子と目が合う。目が合った瞬間、お互いに笑みが浮かぶ。どうやら思いは同じようだ。
自分は、自分のやれることを。出来ることを。力になれるように。
もう、間違えないように。
ジャンプボール。
ボールを弾いたのは大方の予想通り、お父さんだった。火神もかなり高く跳ぶことが出来るけれど、彼はそれ以上高く跳べてしまうようだ。結衣から情報は貰ってはいたが、ボールは相手の手に。
「くっ、そ…!高ぇ…!!」
『先制は新協学園、ですね…』
「ちっ、予想はしていたけどやっぱり高いわね…!」
相手の手に渡ったボールは、いとも簡単にゴールに吸い込まれていった。
リコが思わず舌打ちをしてしまうのも無理はない。
「チョロイな…」
「んだと…!」
「気にするな!取り返すぞ!!」
ボールが誠凛に渡る。
伊月から日向にボールが回され、フリーになった日向はそのままシュートの体勢に入った。
「いっけぇ!日向先輩!!」
「フリーだ!いけるぞ!」
日向から放たれたボール。
そのままゴールに届くかと思われたが、軽くジャンプをしたパパに軽々とブロックされてしまった。
「んなっ…マジかよ!?」
「あそこから届くのか…!?」
『守備範囲も広い、と…』
手足の長さも相まって、普通は届かないと思われるボールでさえも彼は届いてしまうようだ。
結衣は、ある人物を一瞬思い浮かべたが……それはすぐに消えた。
似ているけれど、やっぱり似てない。比べるまでもない。
「なんだよアレ…デタラメだろあんなの…」
「やっぱりズリーよ外国人選手なんて…」
降旗ら一年の呟きを、新協のメンバーは聞き逃さなかった。
嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべながら、日向に近寄っていく。
「ねぇ、誠凛さんってアレ?もしかしてスポ根系?」
「は?」
「いるんだよね、よくさー。助っ人外国人ズルイ!みたいな?別にルール違反とかはしてねーし」
「……」
「強い奴呼んで何が悪いの?楽だぜー。アイツにボール回せば勝手に点入っていくしよー。楽して勝つのがそんなに嫌かね?どう?」
「………楽かどうかは知らねーけど、そのポリシーなら逆に文句言うなよ?」
「はぁ…?」
「とんでもねー奴らなら誠凛(ウチ)にもいるし。別に呼んでねーけど」と、黒子と火神と、そして結衣に目線を送って口角を上げる日向。
頼りになるエースと、切り札と、マネージャーと。
呼んでもいないし、呼ばれてもいない。自然と集まった、集まってしまった3人。
『さあ火神君。特訓の成果、見せてよね』
「おう」
火神と結衣、そして水戸部の3人で行った特訓。火神はその特訓を見事に生かし、予想よりも遥かに力を発揮して、
そして、黒子が自分の力を思う存分発揮して―――
I・H予選1回戦、誠凛高校は新協学園を撃破。2回戦へと駒を進めた。