カラフルラプソディ
□もっと気楽にいきなさい
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『日向順平、伊月俊、水戸部凛之介、小金井慎二、土田聡史……』
1年前のインターハイ予選、そして決勝リーグの記録と資料に目を通す。
創部1年目、しかも1年生のみのメンバー構成でありながら決勝リーグまで駒を進めた誠凛。決勝リーグの内容はあまりにボロボロなものだったが、決して実力差だけが原因ではないことに結衣は気付いていた。
当時の誠凛の精神的支柱の不在が、チームに大きな影響を与えたのだろう。
『……木吉鉄平、か』
帝光時代、一度対戦したことがあったのを覚えている。
かなりの実力があるのに、キセキの世代がいたために一度もタイトルを取ったことがない5人は無冠の五将と呼ばれていた。木吉鉄平は、その無冠の五将の内の1人。
そんな彼が、強豪校ではなく当時無名の高校に進学していたのには少し驚いた。無冠の五将ともなれば、スカウトがいくつも来ただろうに。
「結衣ちゃん、お待たせ!それじゃあ行きましょ!」
『はい、リコ先輩!』
昨年の記録が纏められた分厚いファイルを閉じる。所定の位置に戻し、リコの元に駆け寄る。
部活終了後、2人でとある場所に出掛ける約束をしていたのだ。
「資料はどう?全部目を通せた?」
『はい、ありがとうございます。ほとんどデータにも移せました』
「流石ね…それで、結衣ちゃんから見て去年の誠凛はどう?」
『……木吉鉄平という選手が誠凛にとって能力的にも精神的にも大切な存在だった、ということですか?』
「…やっぱり凄いね、結衣ちゃん。資料見ただけで読み取ったのね」
木吉鉄平の離脱前と離脱後は、明らかに試合内容が違っている。
けれど、決して試合運びを木吉に頼り切っていた、ということでもない。日向も伊月も、誠凛の勝利に貢献していたのは間違いない。だが、木吉がケガで離脱した後はチームとしても散々な記録になっていて。木吉の離脱が大きな影響を与えたことは確実だった。
『霧崎第一との試合で足を負傷したとありましたが…』
「決定打が霧崎第一とのインターハイ予選決勝だった。その前から膝に違和感があったみたい…」
『リコ先輩…?』
「思い出したらムカムカしてきた…!!」
早く行きましょ!!と肩で風を切って歩いていくリコに続いて歩いていく。
途中バスに乗って、とある病院へとやってきた。
「彼は3階の病室にいるわ」
慣れた様子で病室内を歩くリコに、よくここに通っているのだろうかと考えがよぎる。
「ここよ」と案内された病室の前の名札には4人の名前があり、その内の1つに木吉鉄平の名前が。
「おじゃましまーす」
『し、失礼します!』
「…お、リコ!来てくれたのかぁ」
窓側のベッドに座っていた男が、リコの方を見て軽く手を挙げた。その様子を見てリコは安心したように彼のベッドへ寄って行った。
「元気そうね、今日はこの間話した結衣ちゃんも来てくれたわよ」
『初めまして…ではないんですが、こんにちは。藍原結衣です』
「ああ、リコから話は聞いているよ。誠凛のマネージャーになってくれたそうだね」
『はい、よろしくお願いします…木吉先輩』
「ああ、よろしくな」と人の良さそうな笑顔を向ける木吉に、結衣も笑顔を向ける。
差し出された手を握り返すと、結衣は驚きの表情を浮かべた。
『大きな手…』
「んー?」
『この手が“後出しの権利”をする手の平なんですね…』
まじまじと木吉の手を見つめていた結衣だったが、ハッとした様子ですぐに手を離して思い切り頭を下げた。木吉はただ握手をしてくれただけなのに、観察してしまった。
『す、すみません!!いきなり失礼なことを…!』
「ふふ、良いのよ結衣ちゃん。ガンガン情報集めちゃって!」
「リコから聞いてはいたけど、本当にキセキの世代のマネージャーがウチに入部してくれたんだなぁ」
「鉄平、確か帝光中と試合したことあるんでしょ?結衣ちゃん覚えてる?」
『はい…あの…』
言い淀む結衣に、木吉は優しい表情で彼女の頭を撫でる。
驚いた表情の結衣に、木吉は彼女の言いたい事が分かったのか大きく頷いた。
「あれ、あの試合君も居たのか?悪い、正直同じセンターだった彼の印象が強すぎて他はあまり覚えてないんだ」
「ええええ…今分かってるよみたいな顔してたじゃない!?なにその思わせぶりな感じ!」
『あははは…いえ、良いんですよリコ先輩。それが普通なんです。マネージャーなんて目立つようなものじゃないんですから』
苦笑いを浮かべながらも結衣は言うが、リコは「でも結衣ちゃんは別格じゃない!」と木吉の様子が信じられないようだ。
当の木吉は「すまんすまん」と全くすまんと思っていなさ気である。