カラフルラプソディ
□頼りにしてるわよ
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「お待たせしました!ごゆっくりどうぞー」
ほんの数分で2人が頼んだシェイクが出てきた。
商品を受け取り、黒子と共に席の方へ向かう。
『ありがとう、テツ』
「どう致しまして」
『あ、この席にする?』
4人掛けの席が空いていた。3人だが、黒子と火神は荷物が大きいためこの席が良いのではないか。
そう黒子に問い掛けたら、ふんわりと笑顔が返ってきた。
「そうですね、ここにしましょう」
『よいしょ、っと…』
黒子と向かい合わせで座る。
火神はまだレジの前で待っているらしい。自分達より注文するのが早かったはずのに、と結衣は首を傾げる。
『火神君遅いね』
「多分、多いからだと思います」
『多い?』
もしかしてたくさん注文したのだろうか。昼食も山のように食べているし、部活の後だからお腹も空いてるのだろう。
もちろん、火神が買ってきたハンバーガーの量は結衣の予想を大きく上回っていた。
『ええええ…なにそれ火神君…それ1人で食べるんだよね…?』
「当たり前だろ」
トレーに山積みのハンバーガー。本当に山積み。それを見た結衣は目を丸くしているが、黒子は特に驚いた様子はない。それを見るにいつものことなのだろう。
山積みのハンバーガーを持った火神は、一瞬迷ったようなそぶりを見せて黒子の隣に座った。
「彼はマジパに来るといつもこれくらい食べてますよ」
『…栄養バランスとか大丈夫なの?火神君って一人暮らしだっけ?』
「一人暮らしだけど一応自炊はしてっぞ」
正直印象としては料理など苦手そうなのに、ちょっと意外だと思ってしまった。
そんなことを話しながらも、火神は次々にハンバーガーを平らげていく。早い。ハンバーガー1つにかかる時間が早い。
『……で、テツ。どうしてわたしを寄り道に誘ったの?何かあるんでしょ?』
「…はい。火神君が結衣さんに聞きたいことがあるそうです」
「俺かよ!?」
『聞きたいこと…?』
「実は、僕も少し気になります」
『…?』
結衣に聞きたい事とは何だろう。クラスにいる時ではダメだったのだろうか。
この3人は席も近くのため、いつだって話をする機会はあったのに。
「結衣さんがバスケから離れようとした理由です」
『…え?』
「ですよね、火神君」
「ばっ…!だから、俺は別に…!」
「火神君が言っていたんです。結衣さんはとても素晴らしい能力を持っているのに、どうしてバスケから離れようとしたのか、と」
「そこまで言ってねぇよ!?」
『…へー…』
「んだよその顔!なんかムカツクんだけど!?」
思わずニヤついて火神を見ると、なんかムカツクと言われてしまった。
そこまで言わなくたっていいじゃないか、とふて腐れてしまいそうになるが、そんな風に火神が自分のことを気にしてくれていたとは少し意外だった。
『えっと、わたしがバスケから離れた理由だっけ?そんなの簡単だよ。嫌だったから』
「嫌だった…?」
『キセキの世代の誰かだけを応援しなきゃいけないのが』
「…?」
よく分からないのか火神は眉間にシワを寄せて小さく首を傾げた。
一方黒子は何となく理由が分かったのか、バニラシェイクを啜っている。
『わたしね、キセキの世代と呼ばれてた5人から一緒に来ないかって誘われてたけど断ったの。もちろん、一緒に行ったら楽しいんだろうなとか考えたけど、わたし…耐えられる自信なかったんだ』
「耐える…?」
『キセキの世代は5人がバラバラになって、それぞれ違う高校に進学した。進学した高校はどこもバスケの強豪校だから、もちろんいつか必ずキセキの世代同士が戦うことになる。間違いなくね』
「……」
『だから、実を言うとキセキの世代同士の試合も見たくないし…本当に嫌だって思う。もし、わたしがキセキの世代の誰かについて行ったら…いつか他のキセキの世代を敵として見なきゃいけなくなる。わたしにそんなの耐えられないって思った。だから、バスケから離れた』
本当は、それだけではないけれど。けれど何となく、全ての理由はまだ話すことは出来なかった。
―――嫌いになりかけた彼らと一緒に行きたくなかった、という理由は。
だが、こうやって誠凛のマネージャーをするということは結局、キセキの世代全員を敵として見なければいけなくなった。
それもこれも全部――
『テツと火神君のせいなんだから』
「はァ?」
『キセキの世代を敵として見たくないからバスケから離れたのに、結局キセキの世代全員を敵として見なきゃいけなくなったんだもん』
「何で俺達のせいなんだよ」
『キセキの世代全員ぶっ倒すとか…出来るわけないって思ってたけど、実際涼ちゃんに勝っちゃうし……もしかしたら、って。近くで見てみるのも良いかな、みたいな』
「結衣さんらしいです」
「意味分かんねぇ…」
『期待してるんだよ、これでも。テツと火神君と…先輩達に』
創部1年目で決勝リーグ進出してしまう日向達にも興味があるし、黒子と火神の今後の成長も気になる。
実は、結構楽しみだったりする。
『……でも』
「?」
『マネージャーをやるからには仕事キッチリするし、帝光でしてたみたいに分析も頑張る。誠凛の力になれるように、全力でサポートする』
お遊びではやりたくない。絶対に。
やるからには負けたくないし、勝ちたい。自分の仕事をしっかりとこなしてみせる。
そう言うと、火神は何故かニヤリと笑って結衣の頭を小突いてきた。地味に痛い。
『痛っ…!』
「バーカ、当たり前だろ。キセキの世代全員ぶっ倒して、日本一になるんだからよ!」
『…ふふ、うん、そうだね!』
「はい」
勝気な笑みを浮かべる火神と、優しい笑みを浮かべる黒子。
そんな2人を見ていたら、ありえないだろうと思っていた自分が少しずつ変わってきていることに気付いた。もしかしたら、もしかしてくれるかもしれない。可能性を秘めている火神の成長が、黒子と共にどこまでやれるのか。海常との試合の時よりも更に。
『―――じゃあ、わたしこっちだから』
「おー」
「家まで送らなくて平気ですか?」
『すぐそこだから大丈夫だよ、ありがとう。じゃ、明日ね!』
黒子と火神と別れ、家への道を歩いて行く。
彼女の家はここから10分もかからないし、道もまあまあ明るいから大丈夫だろう。
『…お、月が丸い』
空を見上げると、ほぼ丸い月が出ていた。
星は…あまり見えなかった。
今日買ったドリンクの材料を入れた袋の音と、足音が響く。街頭がそれなりに明るくて、住宅街(家には明かりもついてるし)だからあまり不安はない。ないけれど、意識すると…少し怖くなってきた。
『……っ、と?』
制服のポケットに入れた携帯が振動している。メールだろうか。
そう思って携帯を開くと、メールではなく着信。
しかも、着信相手は―――
『……出なくても良いかな…』
なかなか切れる様子のない着信。
出ないなら諦めてほしいのだが、この着信相手なら無理か、と深いため息が口から零れる。仕方ない、心を決めて出るしかない。
意を決して通話ボタンを押す。
『―――もしもし』
「何コール待たせるつもりだったんだ、結衣?電話にはすぐに出ろ」
『…いきなりお説教ですか…』
予想通りの反応に思わず苦笑い。
久しぶりに聞いた声に、懐かしさを感じる。
『……久しぶりだね、征十郎』
名前を呼んだら、電話の向こうで赤司が笑ったような気がした。
「ああ、そうだな」
『征十郎から電話なんて珍しいね。どうしたの?』
「どうした、なんて……分かっているだろう?僕がわざわざお前に電話している意味が」
『………』
“わざわざ”の部分がすごく強調されていたように聞こえたのだが、気のせいだろうか。恐い。
なぜ電話越しに威圧感を感じなければいけないのだ。
「最初からそんな気はしていたが―――お前は、またマネージャーをやると」
『…征十郎はそう言ってたもんね』
あれは中学の時。赤司からの誘いを断った時に、彼は薄く笑いながら「お前は必ずこちら側に戻ってくる」と言っていた。
結衣は『どうだろうね』と笑ってごまかしていたが、正直あっという間に戻ってきた感じもする。
「結衣」
『ん?』
「キセキを全員断って…この僕すらも断って、バスケから離れると宣言したお前が選んだそのチームは…それほどに価値があるチームなのか」
『……価値なんて分かんないよ。そんな風に考えたことないもん…でも』
価値があるとか無いとか、そんなことは分からないけれど。
だけどあのチームは、誠凛高校は、黒子は、火神は、日向達は。
『とても面白いチームだよ』
「……」
『近くで見ていたい、携わりたいと思えるくらいにはね』
「…へぇ、結衣がそこまで言うか」
『これからもっともっと新しいものを見ていけると思う。まだまだ発展途上のチームだからね。だから、すごい楽しみ』
火神は、きっとこれからとても伸びるだろう。関わり次第では、予想を遥かに超えるのではないか。それくらい、彼には秘められているものがあると思う。
黒子との連携もどんな風になるのか楽しみだ。
『……ね、征十郎』
「…何だ」
『ありがとう、わたしにバスケを教えてくれて。わたしをマネージャーに誘ってくれて』
「ふん…前にも聞いたな、その言葉」
『何回も言うよ。征十郎が誘っていなかったら、わたしは絶対にバスケと関わることなんてなかったし』
バスケなんて興味もなければ体育以外では触れることのない競技だった。
それなのに、赤司がバスケ部のマネージャーになれと(無理矢理)誘ってきて……いや、あれは誘ってない。命令に近かった。結衣に拒否権はなかった。赤司征十郎という存在も知らなかった頃なのに。
彼女をマネージャーに誘ったのは赤司だけではないけれど。あの人の影響もある。というより、ほぼあの人の影響だと思っている。
赤司がいたから今の自分がある。これだけは言える。バスケに出会えて良かったと。
色々なことがあって、苦しいこともあったけれど。嫌いにだってなりかけたけれど。これだけ夢中になれるものは初めてだった。
『だから、ありがとう』
「……そんなに思うならどうして僕について来なかったんだ」
『それとこれとは話が別だもん』
「…まあ良い。結衣、お前には必ずキセキの世代の名がついて回るだろう」
『うん、もうすでについて回ってるよ。キセキの世代のマネージャーってすぐ言われる』
「ふ……結衣」
先程までとは打って変わり、ひどく優しい声で名前を呼ばれたような気がした。
「…いや、なんでもない。じゃあな」
『え?あ、うん…ばいばい―――…』