カラフルラプソディ

□頼りにしてるわよ
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『……え?』



リコの口から出てきた名前は、予想外の名前だった。
聞いたことがある、というより帝光時代に試合したこともあるしデータを取った記憶もある。

驚いて手が止まりかけたが、リコの話すデータを聞きこぼさないように入力していく。



「知ってる?…よね、多分」

『1度…試合をしたこともあります。それに、無冠の五将とも呼ばれていた内の1人ですよね?』

「うん…」



リコは、この人についてあまり多くを語ろうとしなかった。それどころか、悲しそうな表情すら浮かべている。
それに、彼女が言っていた「入院している」という言葉も気になる。



「近々、お見舞いに行こうと思うの。良かったら結衣ちゃんも行く?」

『ぜ、ぜひ…』

「うん、分かった。インターハイ予選が始まる前には行こうと思ってるから、日にち決まったら連絡するね。行くのは多分あたしと結衣ちゃんだけだと思うけど」

『……』



いつ行こうかなー、と思案しているリコの横顔は悲しそうな様子は少しも見られなくて。リコの様子も気になったが、それよりも結衣は驚いていた。
誠凛高校は去年出来たばかりの新設校。特にスポーツに力をいれている高校というわけでもないため、推薦なども無かったはず。そんな高校に、無冠の五将の1人がいたなんて。

バスケ部だって一から作らなければいけないはずなのに。



「あっれー?カントクと藍原ちゃん何してんの?」

『!』

「あれ、メニュー終わったの?」

「終わった。次は?」

「んー…とりあえず5分休憩!」

「だーー…疲れたぁ…」



まず小金井が大きく伸びて床に倒れ込む。黒子もフラフラと結衣達の方へ寄ってきたがすぐに倒れ込んでしまった。すでに体力の限界を迎えているらしい。
日向達も倒れてはいないがかなり辛そうにしていて、メニューの過酷さを感じる。

そんな中、小金井が結衣とリコに気付いて側に寄ってきた。



「パソコン?」

『ふわ!?』

「これが結衣ちゃんの相棒のパソコンよ。これで選手の細かいデータを取るの」

「へぇー!なんかカッケェ!!」

『ふふ、ありがとうございます。あ、リコ先輩どうぞ自由に見てください』

「やった!ありがとう!」

「え、カントクずりぃ!俺も見たい!」

「ちょっと押さないでよ小金井君!」

『ははは…』



小金井とリコをはじめ、他の部員達もパソコンの画面を食い入るように見はじめた。
結衣はパソコンをリコに預け、黒子の元に向かう。床の冷たさを感じているらしい黒子に小さく笑う。



『テツ大丈夫ー?』

「……平気です」

『あんまり平気そうじゃないよ』

「こんなくらいのメニューでへばってんじゃねぇよ黒子」

『火神君は余裕そうだね』



そう言うと、火神は「ったりめーだろ」と呟いてドリンクを飲む。黒子にもドリンクを差し出す。とりあえず水分補給はしっかりとさせなければ。
ゆっくり差し出されたドリンクを飲んでいた黒子はふいに顔を上げて結衣の顔を見上げた。そして、ステージ上でパソコンを囲む彼らを見て小さく笑った。



「…久しぶりに見ました」

『え?』

「結衣さんのパソコン」

『ふふ、あたしも昨日久しぶりに見たの。必要になるかなって』



もう使うことはないと思っていたパソコン。中学時代、彼女のこのパソコンは重宝されていた。初期の頃は、だけれど。
持ち運びしやすいようにと極薄・極軽のパソコンで、最初の頃は簡単に真っ二つになってしまうのではないかとハラハラしたこともあった。



「何だよ、アレ」

『選手の細かいデータを記録するの。シュート決定率とか、どこの位置からシュートしたら決定率がどのようになるか、とか』

「…へ、へぇ…」

『(あ、よく分かってないな)』



まあまあ予測出来てはいたけれど、火神は細かいことを考えるのが苦手なようだ。
まさに頭で考えるより体で行動、という感じである。

ということは、頭に血が上ったら厄介なタイプ。ある意味典型的だなあ、と思ったのは秘密だ。



「そうだ結衣さん。部活が終わったら何か用事ありますか?」

『え?ああ…少し買いに行かなきゃいけないものがあるんだよね。ドリンクの材料』

「じゃあ、その買い物が終わった帰りマジパに寄りませんか?3人で」

「…おい黒子。まさかその3人に俺も含まれて……」

「当たり前じゃないですか」

「オイ!!!」

『わたしは良いよ。買い物はすぐ終わるものだから』



買うものはすでに決まっているため、時間はあまりかからないだろう。
火神を見ると何やらブツブツ文句を言っているようだが、黒子は気にする様子は無く。何だかんだ仲良くなっているらしい2人に、結衣は小さく笑った。



『――――買い物、付き合ってくれてありがとう』

「いえ、気にしないでください」

「なんで俺が荷物持ちなんだよ…!」



あの後、さすがに昨日の試合で疲れただろうから、とリコの優しさで練習は早めに切り上げた。
疲労も溜まっていたらしい彼らはありがたい、と息をついたのだが「ただし、明日からまたビシビシいくわよ(はーと)」というリコの言葉に完全に怯えていた。



「荷物は男の人が持つものだと黄瀬君が言ってました」

「じゃあお前が持てよ!」

「……見てください、この力こぶ」

「ねぇし!つーかそんな重たくねぇし!!」

「じゃあ良いじゃないですか」

『………』



ぶつぶつ文句を言いながらも、ちゃんと荷物を持ってくれている火神はなんだかんだ優しい。黒子に上手く言いくるめられてるという自覚はあるらしく、機嫌はよろしくないけれど。

そんなことを考えながら歩いていると、もうマジパの前まで来ていた。窓側の席が結構空いている。



『えーと、何にしようかな…』



あくまで休憩であるため、小腹は空いてはいるが家に帰れば母が夕飯を作ってくれている。となるとガッツリ食べるのは宜しくない。
黒子と結衣が並んでメニューを眺めていたら、火神はもうレジで注文を始めていた。早い。



「結衣さん、今日は僕がお誘いしたので奢ります」

『え?いやいや、気持ちは嬉しいけど大丈夫だよ』

「何にしますか?」

『…』



注文をし終えた火神が横にずれて、同じレジに黒子も立つ。
こうなった黒子は意外に頑固であるため、結衣は大人しく奢ってもらうことにした。



『…あの、じゃあチョコレートシェイクを1つ』

「はい、チョコレートシェイクをお1つ」

「僕はバニラシェイクを」

「はい、バニラシェイクをお1つ。サイズはどうなさいますか?」

「どっちもMサイズで」

『(おお…)』



心の中で思わず感嘆の声があがる。
黒子が店員に気付いてもらえなかったらどうしようかと思った結衣だったが、さすがにその心配はなかったようで。



「今日は1発で注文することが出来ました」

『…』



ですよね。そうですよね。
どこか嬉しそうに話す黒子に、切なくなってしまった結衣だった。
影が薄い、恐るべし。







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