カラフルラプソディ
□正直、皆さんをバカにしてました
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「……」
ケガをさせるつもりはなかった。黒子には悪いことをしてしまった。
鼻血を出すだけで貧血気味で倒れてしまう彼のことだから、きっともうこの試合には戻ってこれないだろう。
「結衣っち…」
予想外だったのは、結衣の行動。
いきなり上から飛び降りてきたと思ったら、そのまま誠凛ベンチに入って黒子の治療をして。あの頃と変わってないと思った。中学の頃は、ケガの手当て担当は彼女。外から見ていても、手慣れていることがすぐに分かった。
でも、それよりもっと驚いたのは……そのまま、誠凛にアドバイスを始めたこと。
それではまるで、まるで…。
「(あの頃と同じ……マネージャーみたいじゃないッスか……)」
一瞬、結衣と目が合った。
結衣は黄瀬を見て、少し迷うような表情をして……火神に視線を戻した。
「結衣っち……」
――――そっちに行っちゃうんスか、結衣っち。
俺のとこには来てくれないんスか。
誠凛メンバーがコートに戻ってくる。その中に黒子はいない。そして、結衣はそのまま誠凛のベンチに座った。
黄瀬の胸の中をモヤモヤしたものが取り巻く。なんだろう、この気持ち。何故かは分からないけれど、より一層負けられないという思いが強くなったような気がした。
『……』
黒子が不在で再開した試合。
火神と黒子のコンビが使えなくなってしまったせいで、誠凛の攻撃力はガクンと下がってしまった。
けれど、まだまだ食らいついている。彼らは諦めていない。
「やっぱり黒子がいないから…」
「火神が粘ってるけど…」
「カントク…このままじゃ…」
1年生3人組が不安そうにリコに視線を送る。
彼女も眉間にシワを寄せながら難しい顔でコート内を見ていた。不安な気持ちは彼女も一緒で。
「分かってるわよ…分かってるけど…」
後ろで横になっている黒子に視線を向ける。
日向、伊月、水戸部、火神、そして黒子の5人で何とかギリギリ海常に縋り付いていたような状態だったため、黒子が抜けた穴は大きい。
少しずつではあるが、点差が開いていく。
そして、なにより。
『涼ちゃんの動きがさらに良くなった…』
「藍原!お前、キセキの世代のマネージャーだったんだろ?何か、黄瀬の弱点とかないのかよ?」
『弱点なんて無いわよ…キセキの世代は、そんな弱点なんかで攻略出来るようなチームじゃないんだから』
「だよなぁ…」
『……』
そう、弱点なんか無い。
強いて言うなら、黄瀬は他のキセキの世代に比べてまだまだ“経験が浅いこと”。けれど、持ち前の能力で経験の浅さをカバーしているため、これは弱点とは言わない。
「どうすれば…」
『……』
何か策を立てたくても、前半のハイペースのおかげでそんな余裕はない。
引き離されないように食らいつくのが精一杯である。
「とりあえず、日向君達には踏ん張ってもらわないと……」
第4クォーターになってもその状況は変わらず。特に作戦を立てることなく選手をコートへ送り出した。
リコいわく、作戦を立てても実行する体力が彼らには残っていないとのこと。やはり結衣の予想は当たっていた。
『火神君』
「……なんだよ」
とても面倒くさそうに振り向いて、結衣を見下ろす火神。面倒くさそうというよりも、不機嫌と言うべきか。突破口が見当たらなくてイライラしているのだろう。
その気持ちは、分からないでもないけれど。
『しっかりしなさい。試合はまだ終わってないんだから』
「分かってるけどよ…!」
『とにかく、今は耐えて。完全にってわけじゃないけど、火神君はしっかり涼ちゃんの動きを捉えつつあるわ……でしょう?』
「……耐えりゃあ良いんだろ!」
『いってらっしゃい!』
「!」
火神の目の前に拳を突き出す。
いきなりのことで驚いたらしい火神は一瞬目を丸くしていたが、すぐに意味が分かったようでニヤリと笑う。
結衣の拳と、火神の拳が軽くぶつかった。
「(いつの間にか火神君のこと手なずけてる…)」
『……ん?』
「…どうしたの結衣ちゃん?」
『いえ、何か引っ張られてるような………ってテツ!?』
倒れていた黒子が、覚束ない手元で結衣の制服の裾を引っ張っていて。
どうやら目を覚ましたらしい。
「黒子君、大丈夫!?」
「はい、一応…」
『ばか。大丈夫なわけないでしょ…良いから寝てなさい』
「………」
『テツ?』
「試合は…どうなってますか」
『……』
「…誠凛が負けてるわ。体力も無くなってきてるし…時間もない」
この第4クォーターが終われば試合は終わる。延長戦となれば話は別だけれど。
残り時間が10分を切っているこの状況で、しかも黒子がいないことで誠凛は確実に押されている。
非常に厳しい状況だ。
「…分かりました」
『………え?』
「ちょ、黒子君!?何してんの!?」
フラフラしながらも起き上がり、そしてそのまま立ち上がった。
一応血は止まったようだが、だからといって問題なしと言い切れるわけでもない。
「何って……試合に出ます」
「何言ってんの…!無茶しちゃダメだから!」
「僕なら大丈夫です…それに」
リコを見ていた黒子の目が結衣の方へ向く。真っすぐな力強い目。
かつて誰かが、黒子の目は何を考えているか分からないと言った。だけど今は、この目は。
「約束しました。火神君の影になると」
『………』
「……分かったわ」
黒子の意志の強さに押されたのか、リコは渋々といった様子で頷いた。
その瞬間、黒子は安堵したように小さく笑う。
「ただし、あたしが危険だと判断したらすぐに下げます。良い?」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「ったく…今年の1年はどうしてこう…頑固っていうか…」
火神を視界に入れながらリコは溜め息をついた。
だけど、何だか嬉しそうに見えるのは結衣の気のせいだろうか。
『……テツ、ちょっと』
「はい」
リコが審判に選手交代を申請している間に、黒子に今日の試合の流れを見て感じたことや考えを話す。
黄瀬のデータも帝光中時代までのものしかないし、黄瀬以外の海常レギュラーもほとんど知らない者ばかり。
だから、結衣が話せるのは今日見た分のデータを元にした話だけ。データと言っても、分析や細かいことはしてないものだけれど。
「分かりました。火神君にも伝えておきます」
『うん』
「誠凛、メンバーチェンジです!」
審判の声が体育館に響く。
結衣も黒子も自然に右手を上げる。
帝光時代、試合が始まる時にいつもしていた動作。パチン、と乾いた音がした。
「いってきます」
『いってらっしゃい!』
小金井に代わって黒子がコート内に入っていく。
真っすぐ、火神の元へ。
「お待たせしました」
「…大丈夫なのかよ」
「結衣さんに手当てしていただいたので、大丈夫です」
「……行くぜ!!」
誠凛の反撃が始まった。