novel
□ア・ポステオリ・グレープ
2ページ/2ページ
複雑な感情で街を歩く。
嬉しい、会いたい、会いたくない、どんな顔したらいい? 混沌とした黒い渦にのまれてしまう。
自分の気持ちに気づいてから、初めてリボーンに会う。獄寺の告白を断った自分。獄寺を悲しませた自分が、こうして彼に会う資格なんてあるのだろうか。
それでも会いたいという思いが存在しているのだから、なんとも皮肉な話だ。
とぼとぼと歩いていると、見えた。薔薇のアーチにおしゃれな建物。鼓動が早くなる。
恐々としているのか歓喜しているのか分からない。大きく深呼吸をしてドアを開けた。
「あの、すみません。予約を入れていた沢田ですけど……」
「はい、伺っておりますよ」
「あれ、風さん?」
受付にいたのは前回と同じ風。相変わらず綺麗に結われた三つ編みだ。
「お久しぶりですね、何か月振りでしょうか」
「前回来たのが8月だったから、4か月ぶりですね」
虹のイラストが施された会員カードを出しながら答える。すると風は驚いたような顔をした。
「そんなになるんですね。お仕事忙しかったのですか?」
はぁ、とため息を吐きつつ愚痴る。
「そうなんですよ。家に帰るのと仕事場を行き来する生活が終わったかと思ったら、毎日外に引きずり出されて……」
「大変でしたね……。ところでお仕事は何をなされているのですか?」
素直に答えるかどうか悩む。
「おいこら、風。何時までツナとくっちゃべってる気だ?」
負のオーラを纏ったリボーンが後ろから声をかけた。思わず恐怖で身が縮む。
それにクスクスと笑う風。
「リリリ、リボーン!」
「おや、すみません」
ぐい、と手を引かれる。その強さにバランスを崩し転げそうになったが、寸でのところでリボーンに助けられた。途端に周囲から黄色い悲鳴が上がる。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん。大丈夫……」
はっと我に返って今の態勢に一気に赤面する。ツナはギュッとリボーンの腰に手を回し胸に顔を埋めて、リボーンはツナの背中に手を回している形だ。
「はわわわ! ご、ごめん!!」
慌てて謝り、離れようとするもそれをリボーンが許さない。
「ちょちょっと、リボーン!」
恥ずかしいよ、と腕の中でもがき脱出を試みようとするも、それを上回る力がさらに二人の体を密着させる。
「おやおや」
風はリボーンの顔を見て、ひとり楽しそうに笑っていた。
「もう、リボーンってば!!」
はっとしたリボーンが、慌てて体を離す。
「わ、悪い」
顔を赤くしたリボーンがそっぽを向いて謝る。
「いや、あの大丈夫……です」
俯いて同じく顔を真っ赤に染めたツナが言う。
「ほら、シャンプーするぞ」
気を取り直すようにひとつ咳払いをして、スタスタと歩き出した。
「う、うん」
とてとてとリボーンの後についてシャンプー台に座る。リラックスするどころか、体はカチコチに固まってしまっているツナを見て、リボーンは苦笑した。
一部始終を見ていた風の隣にアリアがそっと近づき、「あんな純情そうなリボーン、初めて見たわ」と驚いた顔をして呟いた。
「そうですね、私も初めて見ました」
今までは両手に花、より取り見取りで本気の恋愛をしたことがないようですから。
困ったような笑いを溢す風に、そうねと優しく笑むアリア。
「でも、それだけ本気ってことなのよ。あんな真っ赤な顔をしたリボーンなんてレアよ、レア!」
マーモンが居たら間違いなく写真を撮っていたわね、と豪快に笑った。
風もそれにつられて笑う。
「ふたりが幸せになれたらいいですね」
「そうね……」
シャンプー台にいる二人を優しく見守る風とアリアなのであった。
その頃リボーンとツナは、緊張しつつもポツポツとお互いの事を話していた。そうすると、やはりこの話になるわけで。
「そういや、お前なんでもっと早くここに来れなかったんだ」
怒りを含んだような、それでいて悲しそうな声が頭上から降ってくる。声だけしか聞こえない今の状況ではどんな顔をしているのか想像もつかない。
「ご、ごめん。仕事が忙しくってさ。帰って来るのは毎日夜中だったし……」
「夜中? お前フリーターって言ってたよな? そんなに掛け持ちしてるのか?」
「うん、まぁね……」
どんな仕事をしてるのか、と突っ込んで聞いてくるリボーンにタジタジになるツナは良く耳にするアルバイトを上げていった。
「えっと、コンビニとかスーパーのレジ打ち、とかかな」
タオルが目にかかっていなければ、恐らく目を逸らしていただろう。そのことに安堵する。
「ほぅ。どこのコンビニだ? 見に行ってやる」
意地悪をふくんだ声色に慌てる。はくはくと口を開閉しては、音にならない声を紡ぐ。
(どうしよう、このまま嘘つくべき? それとも素直に告白する?!)
散々悩んだ結果、ツナが出した答えは、嘘を吐く、という事だった。
「え、駅中にあるとこだよ。でも、もうそろそろやめる予定なんだ」
「そうなのか?」
「うん、そうなんだよ」
あはは、と乾いた笑を向けた。
心苦しい。でも面倒事を引き起こしたくないし、何より、リボーンの態度が変わってしまったらと思うと口を噤んでしまう。
(そんなことは無い、と思うけど……)
悶々と考えているうちにシャンプーも終わり、カットの方に移る。
「今日はどうするんだ?」
「前みたいにしてくれる?」
おおざっぱなオーダーだが、快く引き受け、櫛で髪を丁寧に梳かしていく。
その様子をツナは鏡越しにじっと見つめていた。
「そうだ、ツナ。今度の日曜日ヒマか?」
「え、なんで?」
カットをする手は一切止めず、あくまで自然に誘う。
「隣町にあるイタリア料理のバイキングに行かないか?」
なんでも、前々から気になっていたそうだ。しかしなかなか行く機会が無かったが、運良く先日友人から招待券を貰ったのだとか。
いつも混雑しているそのバイキングは、ブッフェ形式ではなく、完全オーダー制らしい。
「招待券には確か、通常メニューに無い料理を提供するとか書いてたぞ。あと、優先的に入れてくれるらしい」
シャキシャキと鋏のリズミカルな音。一拍置いてから「どうだ、行かないか?」と誘った。
ぱちぱちと瞬きをするツナ。
(行くべき? だって、獄寺くんに申し訳ない……)
虚像の中のリボーンを見る。
(あれ……?)
そこにはどこか緊張した面持ちのリボーンが写っていた。
(……一回だけ遊んで、すっぱり諦めよう)
獄寺の事を考えると、自分だけ幸せに浸るのは申し訳ない気分になる。だからこの一回だけ。
「いいよ、行く」
了承の返事とともに笑うと、リボーンも安心したかのように微かに笑った。
その後、カットは滞りなく進み、数か月前の自分と同じ髪にセットされる。
「前髪の長さはそれで大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
前髪を少し触って確かめてから答えた。
受付の所でダッフルコートと鞄を渡される。
会計を済ますと、リボーンが名刺を差し出した。
「そこにオレの携帯番号が書いてある。何かあった時の為に登録しておけ」
「で、でも!」
慌てて返そうとする。
(これ以上はダメだ! 引き返せなくなる!!)
「貰ってあげてください」
何処からともなく風がやって来て、そっとツナの手に握らせた。
「嫌なら登録しなかったら良いだけですし」
ね、と朗らかに笑いながら言われたら受け取るしかない。
風の科白を聞いたリボーンはポーカーフェイスの下で怒り狂っていたが、表面上は無表情を貫き通す。
「分かりました……」
鞄に仕舞うと、リボーンがタイミングを見計らったかのように出入り口を開けた。
アーチを抜けると、そこはもう現実。
「日曜の11時、駅前の花時計の所で待ってるぞ。遅れたら容赦しねぇからな」
「うっ、善処するよ」
そういうとリボーンはあどけなく笑った。
「じゃあ、日曜にね」
「ああ、待ってるぞ」
リボーンに背を向けて歩き出したツナ。
「雪積もってんだからこけんじゃねぇぞ」
くるりと後ろを振り返る。
「こ、こけないよ!」
そういった途端にべしゃりと柔らかな雪の上に倒れ込んだ。
「ほら、言っただろう」
駆け寄ってツナを抱き起す。呆れながら差し出された手を、躊躇いがちにそっと重ねた。とても綺麗であたたかい、魔法のような手だ。
「ありがとう……」
立ち上がり、服に着いた雪を払いのける。
普段滅多に積もる事が無いので、歩きなれていないのだからこけるのも仕方がないのだが、いかんせん恥ずかしい。
(もう、恥ずかしい!! 穴があったら潜ってそのまま出てきたくないよ!!! むしろそのまま埋めて! なんで一日に二回もこけるかなぁ!!)
恥ずかしさの余り泣きそうになる。
しかし思いっきりこけたツナを笑う事はしないリボーン。むしろ、自分の見えないところでこけたらどうしようかと悶々としていた。
「オレが送っていきたいところだが、あいにく仕事中だ」
ぽんと頭に手を乗せた。
「気を付けて帰るんだぞ?」
ぽんぽんと頭を撫でられると、心の奥がホワンと暖かくなる。
気持ち良くて目を閉じてしまった。
「う、ん」
(だいすきが溢れてしまいそう)
(こんなのいけないって思ってるのに)
(止められない……)
------
リボーンが過保護になったぁぁぁ!! いやぁびっくりしました。どうやっても鬼畜で俺様なリボーンにならないのは何故……?
それだけツナのことが大事という事にしておきましょう(笑)
招待券は、元々スカルが持っていました。それを見たリボーンが、「ツナを誘うには丁度いい」と思い、脅して手に入れたという裏設定があったのです。使いませんでしたが。
脳内BGMは「A Girl In Love」。ドラマのシーン辺りでエンドレスでした。
・