novel
□本からはじまる物語
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1月21日(月)
少し前からオレは並盛図書館でアルバイトをしている。本業は大学生だ。小さい時から母さんにいろんな本を読んでもらって、本好きに成長した俺。
今では文学部なんて、いかにも草食系男子がわんさか集まりそうな学部に所属している。
教師は向いてないのが分かり切ってるからパスして、どうせなら本に携わっていたい、と司書の資格を取ろうと目下勉強中だ。
並盛図書館は昔から母さんに良く連れて来てもらってたから、司書のお姉さんやおばちゃんたちとは仲がいい。あんまりバイトを募集しない図書館でバイト出来てるのはコネってやつのお陰だ。
オレはこの図書館が好きだ。大通りに面しているが、人口の木立の中に立っているこの図書館。
秋はベンチに座って読書に勤しむ人が沢山いるし、夏もたけなわな頃、蝉が鳴いている中の散歩もなかなか風情がある。一年を通して小さな子どもたちは外で駆け回っていて微笑ましい。そんな図書館が大好きだ。
「沢田君、ちょっとカウンター変わってくれる?」
カウンターの隅で細々とした作業をしていたら司書のお姉さんに呼ばれた。この人はいかにも文学好きという風貌をしている。背は160に届かないくらいでメガネにみつあみ……。オーソドックス過ぎる。
「分かりました」
端っこから、出入り口寄りに作られた返却カウンターにつく。大きな長机に出入り口側から返却専用、貸し出し専用、カード登録専用、とそれぞれ場所が決まっている。
そこから見えるのは、蔵書検索用のPC。その奥にあるのは雑誌と新聞と文庫本のコーナーだ。
「ごめんね、よろしく」
そう言って、地下書庫へと続くエレベーターに乗り込んだお姉さん。
腕時計をちらりと見る。時刻は午後6時。閉館まであと1時間と言った所だ。
その時、入口の方から全身真っ黒の男が現れた。
10冊限界まで借りた分厚い本が真っ黒い手提げ袋の中に入っている。ラインストーンがキラキラと煌めいて、何処となく高級そうな雰囲気が漂ってくる。
何故、オレが利用者の貸し出し冊数まで把握しているのか。
理由は至極簡単。あいつはオレがカウンターの時に限ってやって来るからだ。
毎回毎回、貸出し冊数ギリギリまで借りる上、全て日本語以外の本。決まって閉館の1、2時間目にやって来るあいつ。
しかも全身真っ黒だから嫌でも印象に残る。
「頼む」
カウンターの上にドサッと本を積み上げる。確か名前はリボーンさん。利用者カードに流麗な字でそうサインしてあったはずだ。
いつも疑問に思うのだが、こんなに分厚い本、いつ読んでいるのだろうか。貸し出し期限は10日間。だが、このリボーンさんは1週間で返却にやって来る。
つらつらと余計なことを考えながらも手は動かしている。
あれ、珍しく薄い本が入っている。そういや、貸出しの時も不思議に思ったんだよな。
本のタイトルは『ふしぎの国のアリス』。 日本語訳がされている方ではなく、原語版だ。可愛らしい女の子が穴から落ちていく様子が描かれている。
「はい、大丈夫ですよ。問題ありません」
にっこりと笑ってそう言うと、スタスタと奥の書架へ進んでいった。コートが揺れるさまは“出来る男”感が漂ってきてカッコいい。
オレは返却者がいないので、今返ってきた本の状態を確かめるべく、一冊を手に取った。
……相変わらず何を書いているのか全く分からない。文系と言ってもオレは国語専門だ。他はからっきしダメ。誰だ、国語が出来たら読解力もある。だから他の教科も出来るとかほざいたの。
パラパラと捲る。良し、痛みは無い。落書きもあの人がするとは思えない。
「あれ?」
アリスがウサギを追いかける挿絵が描かれているページにメモが挟まっていた。
長方形に切り取られた小さなルーズリーフの真ん中に「Sono sempre accanto a te.」と書かれている。
何語だ、これ? あれ、まだ小さく言葉が書いてある。
「caro decimo dal nero」
アリスの本は英語だけど、これは英語じゃないよな……。
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