novel

□暗澹の使者
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「……ナ、……ツナ!!」

 ぼんやりとした、あの覚醒前特有の浮遊感の中誰かに名前を呼ばれた。心地いいテノールの声。艶を多分に含んだその持ち主をオレは知らない。瞼をうっすらと開けようとした瞬間。

「起きろダメツナ!!」

 ガン! という鈍い音がした。頭を容赦なく殴られたのだ。痛みのあまり脳震盪を起こしそうだ。情けない声が口から漏れる。
しかしお陰で意識がクリアーになった。手の甲で何度か目を擦る。

「やっと起きたか」

 眼前に黒いスーツに身を包んだ男が座っていた。帽子の影から見え隠れする切れ長の目に思わず縮こまる。

「だ、誰ですか?!」

 男は盛大にため息をついた。たったそれだけの他愛もない所作にとてつもない色気が含まれている。顔に血液が集まってくるのが分かる。

「……ちゃおっス」

 これで分かったか、分からなければ次は銃をぶっぱなすぞと言葉の裏に潜ませて男はそういった。その証拠に懐から得物をちらつかせている。
 顔面蒼白になり、真面目に考える。
 ちゃおっス……良く耳にする単語だ。この全身真っ黒な服装にも心当たりがある。ボルサリーノの上にはカメレオンがちょこんと乗っていた。そしてもっとも特徴的なぐるんと巻いてある、揉み上げ。これはもう、ひとりしか該当者はいないだろう。

「もっもももしかしてリボーン?!」

 最早こいつしか思い浮かばない。なんで大人なんだとか、あのつぶらな瞳はどこにいったんだとかいろいろな疑問が頭を過ぎる。一言でいうのであれば、オレは今パニックに陥っているのだ。

「やっとわかったか、このダメツナめ」

 この短いやり取りの間で何回「ダメツナ」って言ってるんだよ。最近はめったに聞かなくなったそれに懐かしさを感じつつも、落ち込む。

「今はのんびりしている場合じゃないぞ」
「?」

 立ち上がり周囲に視線をやったリボーンに倣い、オレも立ってぐるりと見回す。……どこだここ。確かついさっきまでは獄寺くんや、山本と教室で話してたはずなのだが。

「どうやらここは学校みたいだな」
「んなっ! 並高にこんなところは無いぞ!?」
「よく見てみろ」

 そう言われて再び部屋へと意識を向ける。外から微かに差し込んでくる月明かりのお陰で視界には困らない。
 この(リボーン曰く)教室は異様に縦長い構造をしていた。後ろの三分の一は糸鋸やら石膏やら美術作品が雑多に置かれている。残りの部分は六人が作業できる木製の長机が七つ設置され絵の具やら傷が付いていた。
 今いる場所から見て右手側に水道と窓、そしてベランダに出るための横開きの扉が、左手側には棚と出入口用のドアがあり、正面には教卓と黒板があった。窓からは向かいの校舎が窺える。どうやら本当に学校らしい。

「確かに学校みたいだけど、どうみても並高じゃないよね。てか外真っ暗だよ!? オレそんなに寝てたの?」

 そう、外は月明かりが無くては視界に困るほど、とっぷりと日が暮れている。

「いや、俺が気づいた時からこの暗さだ。こんな訳のわからねえ状況下でぐっすり眠れるほど俺は能天気じゃないからな」
「わ、悪かったなっ! 能天気で!!」

 オレの反抗も綺麗に無視してさらに続ける。

「推測だが、ここはずっと暗いんじゃねぇのか? 月も殆ど動いてねぇみたいだ」

 なにそれ。月が動かないって、夜が明けないってことじゃん。その状況って、どう考えても普通じゃないよね。

「それだけじゃねえ。さっきこの周辺をざっと見てきたんだがな。おめぇのクラスの奴らもいたぞ。それから……」

 珍しく言葉をそこで切った。
てかクラスの人達までいんの!? なんだかとてつもなく嫌な予感がする。

「明らかに人間じゃねぇ気配がそこかしこからしてんだ」

 まさか幽霊? その手の物は本当に勘弁してほしい。もともとダメだが、以前に行われた肝試しでロメオにあの世へと引きずり込まれそうになって以来、さらに拍車がかかったのだ。血の気がうせ、手がガタガタと震える。


「幽霊じゃねえとは言い切れないな。なんにせよ得体の知れねえもんだってことは確かだ」

 リボーンがここまで言うのは珍しい。ということはよっぽど危険なものがいるってことで……。そうなら出くわしたくない。見たら間違いなく気絶する。よくて悲鳴を上げながらの逃走。

「いつまでもここにいるわけにはいかねえよな、ツナ」

 現状を打破するには自らが動くしかない。分かってはいるのだが足がすくんで動けない。気を抜けばぺたりと座り込んでしまいそうだ。

「ま、まずはみんなを探そう。一か所に集めて今後を話し合わなきゃ」

 拳に力を込めて逃げ出したい衝動と恐怖心を押さえつける。
 ポケットに手を突っ込み、死ぬ気丸と手袋の確認をした。そしてリボーンとともに教室を後にする。



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