novel

□ア・ポステオリ・グレープ
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 ここ数か月、仕事が忙しかったツナ。やっと一息つけると獄寺に言われた頃には髪は以前のように無造作に跳ねていた。
 季節は、極寒の冬。
 あれからツナと獄寺は告白する以前のような関係に戻っていた。ただし、それは表面上だけの事。
 以前の二人を知っている者が見れば口をそろえて言うだろう。余所余所しい、と。しかし、こればかりは当人たちが関係を修復せねばならない。
(時間が解決してくれる、よね……)
 その証拠に気まずい空気は減っているんだから。
(きっと大丈夫だよ!)
 うん、大丈夫と頷き、ひとつ大きく伸びをした。暖かいベッドからゆっくりと出る。
 ひんやりとした空気が一気に体温を奪っていく。近くに置いておいたカーディガンをさっと羽織り、カーテンを開けた。

「うわぁ、どおりで冷えると思ったよ」

 窓の向こうに現れたのは一面の雪景色。街の音が雪に吸い込まれ、普段とは違う一面を見せている。
 しかもまだしんしんと降り続いていた。
(そりゃ、暖房も効かない筈だよ……)
 カーディガンを胸の前で掻き合わせぶるりと身震い。
(こんな中出掛けるのか)
 そう、今日はこの伸びに伸びきった鬱陶しい髪を切りに、美容院に行く予約を入れてある。
 予約の時間は1時。それまでに止めばいいな、とひとり呟き、朝食を作るために台所に立った。



 リビングの暖房のタイマーを入れていたため、キッチンは暖かい。炊飯器のご飯も炊けている。
 さて何を作ろうかと冷蔵庫を漁ると豆腐が、冷凍庫を開けると鮭が出てきた。

「よし、朝ごはんは和食に決定!」

 豆腐を一口サイズに切って鍋に豆腐と見つけたわかめを入れる。軽く煮立つのを待つ間、手持無沙汰なのでオーブントースターに鮭を放り込んでおく。
 タイミングを見計らって味噌を溶かし、器に盛って細ねぎを入れて完成。
 ご飯をお茶碗に盛ると、丁度オーブンが軽快な音を立てて出来たことを知らせた。それを平皿にとって、朝食の完成。

「これぞ日本人って感じの朝ごはんだなぁ」

 テーブルに着き、もそもそと咀嚼する。BGMには録り溜めていたドラマ。
 学園青春もので、時々見ていて恥ずかしいような甘酸っぱいシーンもあるが、ツナは気に入っていた。毎週クローズアップされる人物は変わるので、観ていて飽きがこない。
 肝心の内容といえば、本当に何気ない日常のドラマである。
 テストで赤点を取りそうだから友達に教えてもらったり、文化祭の準備でてんてこ舞いになってたり、友達と恋バナをしたり、先生と対立してみたり。
 特に、ある男子生徒が家庭の悩みや学校がストレスになり、道を外してしまった話は大いに共感できた。
 今回は前編後編と話がつながっている。今週は後編だ。
 雛子という高校2年生の女の子は部活の先輩である優介のことが何となく気になっていた。しかし、雛子の親友で同じクラス、同じ部活の千夏も優介のことが好きだった。
 優介は雛子の事が好きなのだという事に気づいた千夏は「自分の気持ちも分からない人に優介先輩は渡したくない!」という。
 そして「私は優介先輩の事が好きなの。自分の気持ちも分からないような雛子には負けたくない」と宣戦布告をした。
 ここまでが前回のあらすじである。

「三角関係、ね」

 テレビに意識を移す。画面の中では、漸く自分の気持ちに気づいた雛子が宣戦布告を受けていた。
(女の子って、何ていうか、パワーが凄いよな)
 全身から溢れる“好き”を躊躇わずに相手にぶつけられる。たとえ誰を敵に回しても、止められない感情。
 勿論、綺麗で純粋な気持ちばかりではない。思わず目を背けたくなるような感情も、自分のものとして認めている。
 止まっていた箸を再開させた。場面は進み、部活のシーンに変わっている。
 雛子は思いに気づいた途端緊張して近寄れなくなった。それを好機と見た千夏は必死に自分をアピールする。何時にない積極性に顔を赤く染める優介。
 彼は時折横目で雛子を見るも、目があった瞬間に逃げてしまう彼女に、いつもなら3人で談笑するはずなのにどうしたものかと首を傾げる。
 鈍い、と思ってしまった。
(でも、きっと現実はこんなもの)
 少しの変化で相手が自分に好意があると気づく人は少ないだろう。余程の自意識過剰か、自 信家で無い限り真逆にとらえてしまう。それがアタリマエ。片思いなんてきっとそんなもの。
 相手の言葉や行動に一喜一憂して心捕らわれて、相手一色に染まる。それが、恋。
 とうとう告白のシーンになった。一番の見せ場だ。お互いがラブレターを書いて同時刻の違う場所に呼び出して告白するという方法を取ったらしい。
 何だかそれ以上観ていられなくなって、停止ボタンを押して電源を落とした。

 
 カチャカチャと食器を洗い、家事を済ませると時間は丁度12時の少し前だった。昼食は外で摂る事にして、家を出る。
 外はまだ雪が降り続き、まるで別世界に迷い込んだような感覚に陥ってしまう。
 駅前のファストフード店に入り、レジに並ぶと店員は営業スマイルで新商品を勧めてくる。適当にあしらいハンバーガーのセットを注文した。
 商品を受け取り窓側の席を陣とる。忙しなく動く人の流れをぼんやりと見つつハンバーガーを腹に収め、早々に席を立った。








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