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□ロマンス
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別に、たまたまその日はタミヤと帰りが一緒になったから。帰る方向が同じになったから。ただそれだけ。
そして突然天気予報が僕たちを裏切りどしゃぶりの雨が降って、それでたまたまタミヤの方が家が近かっただけで
結局風呂まで入れてもらった挙げ句に晩ご飯までごちそうしてもらってカッターシャツまで洗ってもらった。
今日は休日である。そしてタミヤの家の前である。
昨日のカッターシャツを返して貰う為にきただけだ。どうして僕が緊張しなくちゃいけないんだ。
息を大きく吸って、一歩踏み出そうとしたところに運がいいのか悪いのかタミヤが出てくる所に出くわしてしまった。
体が硬直してぎゅうと心臓が掴まれたように苦しくなる。「やあ」と喉の奥から絞り出した声は掠れていた。

「よお。どうしたんだよ、今日光クラブないだろ?」

「い、いや。昨日のカッターシャツをだな。」

「ああ!取りにこなくても電話してくれれば持ってったのに。ちょっとそこで待ってろよ」

ばたばたと家のなかに引き返していくタミヤの背中を見守りながらどきまぎしていた自分が情けなくて唇を噛む。
僕のカッターシャツはキチンと畳まれて運ばれてきた。手渡されたそれはふわりと洗剤の匂いがして。
また、心臓が鷲掴みにされたような。

「タミヤ、」

「ん?何だよ。まだなんか俺に用か?」

「いや、別にそんな訳じゃないんだが。悪かったな、感謝してるよ」

「やめろよ改まって。なんか今日のお前変だよ。
 じゃあ俺、今日用事あるからそろそろ行くわ。お前も気をつけて帰れよな」

タミヤがなにやらいそいそと走り去ったこの場所は一気に静かになった。静かになったと言えど忙しなく工場の機械音は煩く鼓膜にまとわりついている。
腕の中の白いカッターシャツに視線を落とす。ぎゅ、と抱きしめてみるとタミヤの匂いがした。
なんだか気恥ずかしくなって僕はカッターシャツを鞄のなかに突っ込むと瞳を硬く閉じた。
「なんか今日のお前変だよ。」という先ほどのタミヤの言葉が頭の中をぐるぐると巡って確かにそうかもしれないと納得してしまった。
ただこの感情は僕にしてみればとても薄気味悪いものでありむず痒く恥ずかしいものだ。
この感情をなんと呼べばよいかなど知らない。
ただそれだけだ。




END

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