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□くしゃくしゃ
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※大学生設定


 君のいない夢を見た。笑ってしまうよね。そんなことはもう、あたりまえでしかないのに。

「君みたいなやつでも、いなくなると少しは寂しいと思うのかな」

 大学内のカフェテリアはいつにも増して騒がしかった。新入生が入学した所為だ。哲が用意してくれた席も今日は二人分がせいいっぱいで(いつもは余裕を持って広めに席を取るのだ)、必然的に僕と山本が向き合う形になる。
 でも、それでちょうど良かったのかもしれない――。柄にもなくそう思えたのは、山本がイタリアの分校に編入する言ったからだろう。
 山本がうん? と首を傾げた。

「なんだかヒバリらしくねぇな」
「沢田のことを考えていたんだ」

 沈黙。
 僕は少し間を置いてから、

「本当に僕らしくないよな」

 と、自嘲した。
 それからオレンジジュースのストローをくわえ、胃の中にむりやり流し込む。「冗談だと思うかい?」。山本の反応が思いのほか薄かったので、駄目押しで訊くと、彼はようやく自分がここにいる意味を思い出したようだった。
 言い換えれば、僕が山本と群れている理由をだ。

「そういやあ俺って、ツナの代わりだったよな」

 という山本の言葉には多少の語弊があるけれど(僕は別に、彼のことを邪な目で見たりしない)、まあ、それほど間違ってもいないのだろう。
 僕は昔からずっと、沢田のことを気にかけていた。マフィア・ボンゴレを継いだ時も、修行と称して単身でイタリアへ渡ってしまった時も――。沢田はいつだって僕の隣にはいなかったのに、恋しくてしかたないんだ。自分でも、ばからしいとは思うけれど。
 山本も、言ってしまえばただのばかだ。こんな僕に付き合う必要なんてないのに。それでも彼の先程のような脳天気さは僕や哲には――あるいは沢田にも――なく、救われている部分はあるのかもしれない。
 そう、だからこそ僕は、現に寂しいと思ってしまっている。特に今は春だから、この幸福に満ちた喧騒は、僕には痛すぎた。

「沢田がいなくなる夢を見た」

 僕の中から何かがこぼれた。溢れた。山本が黙って頷いた。

「僕は追いかけたかったのかもしれないし、そうでなかったのかもしれない。今ではもうよくわからないんだ」

 だって君のいない毎日は、今も昔もあたりまえのことだから。僕もいつの間にか年をとっていって、君を思って泣くほど子供ではなくなってしまったよ。

「だけど……君までいなくなるのは……かなしいね」

 山本が複雑な表情で僕の目を見つめた。こんな顔もできるんだ、とどうでもいいことを考えながら、もう一度同じ質問を投げかける。

「冗談だと思うかい?」
「んなのわかんねぇよ……」
「山本のそういう正直なところは、嫌いじゃないよ」
「からかってるのか?」
「違う。ただ本当に、そう思ったから言っただけさ」

 僕はゆっくりと瞳を閉じた。そうしてはじめて自分が泣いていることに気付いた。
 山本は何も言わない。多分それは僕の流した涙が、やり場のない感情が、理不尽に彼を責めているからに違いなかった。


120306


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