拍手夢連載 ”御伽草子”

 1


いつか、あいつが御伽噺の劇中歌を歌ったことがあった。
呼び出された彼女の世界で、仲間たちのいない二人だけの時間。連れ出されたテーマパークで感涙してたあいつを笑ったこともあったか。

男である俺にはよくわからない御伽噺。
あいつが好きだったのは人魚の話で、その舞台に似せた空間で、あいつが教えてくれた物語の筋をゾロは思い出していた。

人間の王子に恋をした、自由で好奇心の強い人魚姫。
恋焦がれた人魚姫は声と引き換えに足を得て、陸に上がる。
でも声が無ければ、不自由も当然多い。それでも人魚姫はあれこれ奔走して、頑張るのだ。

甲板の芝の上で無造作に転がっていたゾロの頬を、潮風に揺れた草の葉が撫でる。
耳元で葉の擦れ合う音だけがして、人影の無い甲板は静かだった。

ゾロは空に浮かぶ雲を目で追いながら、でも、意識はまたどこか遠くを向いている。
船は今、とある島の入り江に碇を下ろし、仲間はゾロ以外皆、島の探索に出ていた。
磁気を持たないその島はナミ曰く、地図にも名が無いらしく、あの冒険好きの船長が目敏く見つけなければ、見逃していただろう。

その島は、島全体を覆うように青い花が咲き乱れ、海の色にすっかり溶け込んでしまっていた。

船上で騒ぐクルーの声を聞きつけ、その島を目にした時、なぜかゾロの脳裏に彼女から聞いた御伽噺が過ぎった。
青に囲まれたそれは風に波立って、まるで掴める海のような、どこか幻想的で、いつの日か彼女といた、あの空間を思わせた。

でも、何か胸に残る蟠りが感じられるのか、ゾロの眉間には僅かに皺が寄っていた。
睨むように見上げた空の先に見ている顔は、言うまでもないだろう。

「ゾロー!!」

居ない誰かに胸の中で問いかけたゾロの言葉は、勿論ルフィは露知らず、飛んできた声の主はもう帰ってきたのかと、体起こしてそちら向いたゾロの目の前に、もう居た。

「ルフィ…てめぇ!毎回、俺に恨みでもあんのか!?」

飛んできた船長に吹き飛ばされ、しこたま打った背中の痛みに悶えながらも、すぐ体制を立て直し突っかかって行けるのは、ゾロの頑丈さがなせる業か。
一方の弾き飛ばした当人はといえば、

「わりぃわりぃ!でも、ゾロ!見てくれ!」

全く反省の色が見られない謝罪。いつもならば、食って掛かるか、呆れて頭を抱えるかの二つに一つのゾロだったが、勢いよくルフィが目の前に差し出したものを見て、そのどちらでもない反応を見せた。
ルフィが差し出した樽の中に納まっていたのは、


「なっ…お前、――じゃねぇか!」


声に出して驚いたのは、口にしたはずの彼女の名が音になっていなかったこと。
違和感に喉を押さえ憤りを見せるゾロの目の前で、少し困ったように眉尻下げた人物は、この船のクルーの一人。
たまに飛んできては、ルフィの傍をいつもついて回っている彼女は、ルフィと契りを交わした異界の女性。
でも、その顔、表情、おおよその姿は同じなのに、普段の彼女と違う。

樽に入れられた水の中に泳ぐ尾びれ。臍より下から覗く紅い鱗。


「お前…なんで、そんな姿に…」

「理由なんて、こっちが聞きたい…!」


恥ずかしい、ルフィ、もうはやく何か上着持ってきて!
そう言う彼女の意見はもっともなのかもしれない。
人魚に姿を変えた彼女は、魚人島で見た人魚達よりも露出が高い、貝の胸当てといった、御伽噺で聞く人魚のスタンダードな格好をしていた。
その連れ合いであるルフィは全くもって気にしていない様子で、むしろ残念そうに「そのままでいいじゃねぇか」なんて言っているが、ゾロとしては彼女の意見に賛成だ。

これが自分の彼女だったら、たまったものじゃない。

お前、そのシャツ、貸してやれと、ルフィを促し、ルフィに彼女の肌を隠させた。


「…で、なんだって、――が、…それになんで名前まで呼べなくなってんだ?」


彼女に服を着せて仕切りなおし。
やはり二度目も呼べなかった名前の理由。この状況を少しでも把握すべく、ゾロは二人に問いかけた。


2012.6.24


何か一言御座いましたらドウゾ…



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