小説

□さみしがりは、どっち?
2ページ/2ページ


今日は仕事の頭を完全にオフにして来たので台本を持って来ていない。テレビをつけるのもなんだか億劫で、俺はウサギを胡座の上にのせてぼーっとしていた。
秒針の音がうるさい。

「遅い、な」

ももとアイビーは寝てしまったのだろうか。そういえば走り回る音がしなくなったのに気付く。
手持ち無沙汰なので撫でていたウサギを見る。ウサギは時々身じろぎするくらいであとは大人しくそこに納まっていた。

「お前…どこから来たんだよ」

俺の声に反応してピョコリと耳が跳ねた。

「ご主人様、どこいったんだよ…」

高揚していた気持ちももうすっかり萎んでしまった。久しぶりに会えると思っていたのに。見慣れた室内のはずなのになんだか心細い。


もしかして、健一は寂しすぎて、ウサギになってしまったのだろうか。俺がなかなか構ってやれないばっかりに。
まさか、そんなSFよろしくな事、起こる訳無い。突飛な考えに笑いさえ漏れる。
だけど、健一は帰ってこない。時間が刻々と過ぎるに連れてその考えはどんどん大きくなる。
確かに…おかしい。
新参者のくせにももとアイビーと仲が良すぎる。俺だってあいつらに吠えられなくなるまでそれなりの時間を要したというのに。
それに、この目、くりくりと大きい瞳。…健一だ。やっぱり健一にそっくりすぎる。

「…お前、もしかして…健一、なのか?」

鼓動が早くなるのがわかる。冷や汗を書いてきた。手が、冷たい。
いや、そんな、まさか
ウサギはまた耳をピョコリとあげた。

だから!それは否定なのか肯定なのか。俺に教えてくれよ!
もし、コイツが健一の成れの果てだったら…多分ウサギに料理はできない。もう健一のカレーが食べられない。それに、ウサギ…きっとウサギとは…いや、そういうプレイもあるとは聞くけど…。いや、ちがうだろ。ちょっとまて、ウサギ?はぁ?頭の中がこれ以上ないくらいこんがらがっている。落ち着け、解決の糸口を捜せ。
なんで健一はウサギになってしまったんだ、何が起きたんだ。俺が構ってやれなかったからか?寂しかったからか?
ちょっとまて、ウサギって事は、…もう話ができない。もうばかな下ネタや、時々真面目で胡散臭い演技論とか、睦言とか喧嘩とか、怒り悲しみ喜びだとか。健一の、声が、聞けない。
待ってくれ、まだ話したい事がたくさんある。伝えたい事とか、聞きたい事とか。そんな、

「…ッ、なんで!お前!馬鹿だろ!なんでウサギになんか…ごめん、謝るから、もう寂しくさせないから!なぁ!」

涙が溢れた。そんな、あのふわふわした髪とかくしゃっと笑う顔とか匂いとか、声、とか
もう会えないのか、そんな、待ってくれ、置いていかないでくれ、健一、健一!

「っ、けん、いちッ…!」
「…何しとんねん」
「!健一!?お前、喋れるのか?!」
「…何言うとるねん…こっちや、こっち。」

驚いて振り向くとそこには健一が立っていた。

「…けん、いち?」
「…なんで泣いてんの…ぶふっ」
健一は吹き出した。俺の顔をまじまじと見ると我慢出来なくなったらしく腹を抱えて笑った。

「孝宏!鼻水!おま、天下のイケメン声優がズタボロやで」

くくく、と笑いながら健一はティッシュで俺の顔を拭ってくれた。
ああ、本物だ、健一だ、ウサギじゃない、本物。

がばりと抱き着くと健一はあやすように背を撫でた。

「俺に会えんで寂しかったん?よしよし」
「ちが、おまえが、寂しくて、ウサギに」
「?ウサギ?孝宏、寂しくてウサギになりそうやったん?…そうか、よしよし」
「ちが、…ッ、ぐす」

完全に意思の疎通に差異が生じていたが、途中でどうでもよくなった。
よかった。健一がウサギにならなくて。話ができて。声が聞けて。

「…どこ行ってたんだよ、てかあのウサギ、何」

背を向けて不機嫌な声をつくる、まだ目も鼻も赤いから、恥ずかしい。

「買い物、食材なくてさ。メールしたやろ、見てないの?」

メール?携帯を取り出す、問い合わせるとピロリンと気の抜ける音で1時間前のメールを受信した。
この…ポンコツめ…

「ウサギはお隣りさんから預かったの、旅行行くからって、娘達とも仲良しでなー」

ため息が漏れる。よく考えればわかることだった。なのに俺はあんなに泣き叫んで、…恥ずかしすぎる。馬鹿だ、最悪だ。

「なー赤と白どっちがいい?今日、泊まってけるんやろ?」

そう言うと健一はいそいそとワイングラスを二つ並べた。

「今日はイタリアンやでー!こないだ行った旨い店のシェフに教えてもらったねん」

確かに食欲を誘う匂いがしてきた。器用に強火のフライパンを扱う健一に後ろから抱き着く。

「ちょ、あぶないやろ!」

あわててガスを切る健一の耳元で言う。

「俺、やっぱ獣姦はイヤ」
「はあああ??」
「…良かった、ほんとに良かった」
「…大丈夫か、孝宏…?」
「良かった」


たわ言のように呟く俺に困ったのか、健一はえいやっ!とキスを一つ俺にくれた。
触れた唇がなんだかすごく、懐かしかった。






さみしがりは、どっち?









――――――――――――――――――
孝宏泣かせるのって…楽しいっ…!(きらきら)
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ