小説

□ふたりのスナフキン
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俺と孝宏のお金をあわせて切符を買い、郊外を離れる。
いつの間にか電車ではなくバスに乗っていて、眼下に広がるのは見渡す限りの緑だった。

バスには俺達二人だけ。
会話はまったく、ない。

孝宏は窓から外をずっと見ていて、俺は寝たふりをしてた。
俯いたままの首が痛い、それにあまり舗装されていない田舎道はバスが揺れる。

とても寝れる状況ではなかった。だけど狸寝入りしか俺に残された術はなくて、
することがないからといって仕方なしにする思考は、否がどう考えても自分にあることを突き付ける。

沈黙が痛い。
頭も痛い。

当たり前の事だが、バスが走れば走るほど料金はどんどん上がっていく。
たった3000円ぽっち、(と孝宏の持ち合わせ)で足りるのか、なんだか冷や汗までかいてきた。
いくつ目か、もう数えるのをやめたバス停で、留まる。

「降りるよ」

そう素っ気なく言った彼をびっくりして見上げたら、首がぐきりと鈍い音をたてて、眉間をしかめる。

「アリガトーゴザイマシター」

事務的な御礼を背にバスを降りた。
「んー」
伸びをする孝宏
そして話は冒頭へと戻るのだ。





「で、着いたけど、どーすんの」
「姫のお望み通り青と緑の田舎に来たわけですけど、有り金叩いて」
「ダッシュ村つくんの?」
「木ィきんの?」

意地悪だと思った。
孝宏は俺が謝るのを待ってる。
だんまりを決め込む俺を孝宏は、見てる。背中にかいた汗が冷えた。冷たい。

「ご、ごめ」
「あー?何?よく聞こえない」
いじわる!意地悪意地悪!
意地悪な奴に踵を返して逃げ出したくなった。逃げ出してやろうかとおもった。

…だけど俺はバスの中でずっと、考えていたんだ。

空がみたいって、意味わかんない事でごねて、その我が儘に本音を包んで、おもいっきり投げ付けたのに。
結局学校サボって、ついてきてくれて。歩調だってさりげなく合わせてくれて。
ちらりと窺った横顔に、やっぱり無くしたくないって思った。
もしも孝宏が髭面の熊男みたいになっても、一緒にいたいと。そう思った。
だから謝らなきゃって。
つまらない意地なんて捨てなきゃって。そう、決めたんだ。

……

「…ごめ、ごめんたかひろぉお…うわーーん」
「!な、泣くなよ!ごめん、こっちこそごめんてば!」
「…ッ俺が、全部わるいんやーうっ、お、ねがいやから、捨てないでたかひろぉー!」
「鼻水!ちょっと鼻水拭け健一!わるかった、意地悪して悪かったって!」

鼻水も涙も、ずっとバスの中で手をこまねいていた感情も、一気に流れ出してしまった。
声をあげて泣くなんて恥ずかしいと思ったけど、止まらない。
慌てた孝宏にぐちゃぐちゃになった顔を拭われる。
ごめんごめんと抱きしめられて益々涙が頬を伝った。

「…ごめ、んね…たかひろ…」
「もういいって…」
「すき…ごめん…すき…ッ」
「…わかってるって」


さっきまで我が物顔で孝宏の隣にいたプレゼント女がいつの間にか消えていた。
謝っても謝り足りない気がした。

こんな俺でごめん。好きでごめん。



小一時間は泣いただろうか。
擦りすぎた瞼がひりひりする。鼻の下も
涙が引っ込んだら引っ込んだで、今度は失態に赤くなった。

「せっかくだからさ、散歩しよーぜ。」
また俯いていると、唐突に孝宏がそういって俺に手を差し出す。

「誰もいないし、ここだったら思う存分手、つなげる。おいで、健一。」

うぅ…孝宏カッコイイ…
また泣きそうになった自分をどうにか制する。
繋いだ手から、優しさが伝わった。


「俺だって不安だよ」
そう孝宏はぽつりと言った。
「将来なんて俺だって見えないし」
「髭面になっちゃうかもだし」
「わがままな健一の世話やかなきゃいけないし」
…痛い所を突かれた。
孝宏は笑って続ける。
「今日だってほんとはなんだコイツ!って思ったよ」
「正直ぐさっときたし。バカヤローって、思った」

ずきりと胸が痛む。

「でもさ、それでも、そんな我が儘で世間知らずなおまえでも」
「やっぱ、一緒にいたいと思ったんだよね。」
「てか気付けた。めんどくさいけど、うん。俺、健一の事、かなり好きみたい。」

頬を染めてそんな事を言われたら、どうすればいいんだろう。
照れ隠しなのかそっぽを向いてしまった孝宏の死角で、そっと涙を拭う。


赤い顔した、スナフキンが、二人いた。




田んぼの畦道を二人で歩く
彼岸花の紅が間違えたようにぽつりぽつりと咲いていた。

全て解決したかに見えた問題だが、一つ気掛かりがある。

「なあ、孝宏」
「ん?」
「俺達…どうやって帰るん?」

所持金は行きの交通費に全て使ってしまった。
俺の財布も孝宏の財布も、どう振っても、もう塵しかでない。

「どうすんねん…もしかして歩き…?!み、道わかれへん…」
「ふっふっふ…健一…今日から俺の事は孝宏様と呼ぶがいい!」
「はァ?」

孝宏はにやにやしながら右側の靴を脱いだ。そして中敷きをぺろりと剥ぐと得意そうに俺の方を向いた。

「こんな時もあろうかと…ジャーン!」


そこには燦々と輝く救世主。


「ゆ、諭吉や…!」
「イエース諭吉」
「…孝宏様!」


当分彼には頭が上がりそうにない、昼下がりだった。






(青い青い青春のものがたり)









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※ダッシュ村すきです
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