小説

□Thursday ふいうち
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Thursday ふいうち



桜と菜の花が競って咲く道を歩いた。夕飯の買い出しに行くというからついてきたのに。
いつの間にか俺の両手には、特価品と書かれているシールの貼られたトイレットペーパーが二つも、ぶら下がっている。
(お一人様おひとつまで…)
なんとなく騙された気分になった、がこのトイレットペーパーは俺も使うのだ。ぶすくれるのは筋違いだとすぐに気付いた。ガサゴソと沢山の荷物を抱えた杉田は隣にいる。
まったく外は春の匂いで溢れている。寧ろむせ返るくらいだ。近年の植物の頑張りのせいか、はたまた人類の辿る弱体化の憂き目か。花粉症なんて病名を背負った患者が街には蔓延している。例に漏れず俺も、そしてこの隣の、変態も。
二人して顔を半分ほど覆い隠すマスクの世話になっている。欠伸みたいに移るのか。俺が鼻を啜ると杉田もズズ、と同じ音をたてた。

春は、嫌いだ。花粉症のせいだけではない。どこと無く皆浮足立って、弛む春に身を浸している。温かい春の陽射しの暖かさを堪能しながら歩く人々春は、幸せなものと不幸せなものが顕著に別れる気がするのだ。
ピカピカのランドセルにまだ背負われている一年生。しあわせ
石垣の上に上手に丸まってひなたぼっこする縞猫。しあわせ
公園で侘しいコンビニ弁当を詰め込むサラリーマン。しあわせ、か?
不公平な気がする。ポジティブな人間だけが楽しんでいるのではないかと。
(しあわせ、しあわせ、ふしあわせ)
指指し確認をしながら歩いているといきなり立ち止まった杉田にぶつかった。ゴツリ「いて、」なんだいきなり、痛いじゃないか!不平を言うため顔をあげると杉田は俯いたまま言った。
「……鳥、が」
目線の先を見遣ると、小さな燕が死んでいた。

コンクリートの上で生き絶えたその羽の付け根には、赤黒い血溜まりが広がっている。多分他の鳥にやられたのではないだろうか、外傷はそれだけだった。
「埋める。」
そういうと杉田は買い物袋を置いてそっと、壊れ物を扱うみたいに、両の掌に亡きがらをのせた。道路の隅の腐葉土を二人で掘ってそこに燕を横たえた。
独りで埋めるのは可哀相だ。と杉田が言うので何かないかと探したが、特に見合うものがあるわけでもなく。しょうがないから今夜、ビールと一緒に俺達の胃袋に納まるはずだった、柿の種のピーナッツだけ選って少し、入れた。
「鳥ってピーナッツ食べるのか?」
「食べる」
根拠のない自信だった。きっと燕は、ピーナッツを食べる。
つやつやとして固い椿の葉を被せて、その上に柔く土を乗せた。そして、どちらともなく静かになって、二人は手を合わせた。
ほら、やっぱりそうだ。向こうでは花見を楽しむ大学生のドンチャン騒ぎ。かたやこっちはお葬式。しあわせ、とふしあわせ。死んでしまったのだ、もう自分で自分のコントロールができない。色がない、匂いもない。触りたくても触れない。もう、声がでない。言うまでもない。燕は、不幸せだろう。
暖かい陽射しに溶かされ俺は、小難しい事を考えているフリをしながらも、皆と同じ、「こっち側」にいた。だけどふと眼下に目をやるとふしあわせはぱっくりと口を開けて俺が落ちてくるのを待っているのだ。ひやり、それを思い出した。杉田の方をちらりと見る。こいつ、はこいつは、どっちに


ずんずん歩く俺に杉田はついてくる。気持ちが急いで、手が震えて、鍵穴になかなか鍵を差し込む事ができなかった。ガキ、ガチリ、と耳障りな音がコンクリートに響く。
――ガチャリ、
狭い玄関、だけど扉が完全に閉まりきるのより早く俺は、杉田を壁へと押し付けた。
マスクを剥ぎ取る。自分のも。そこだけ熱い唇を押し付けると杉田はいきなりの事に、流石に驚いたようだったが、ゆっくりと力を抜いた。
「ん、……ふ」
喉が鳴る。鼻から声が抜けるのも構わず深く舌を絡める。戯れるようにくちづけているとやっと冷たく凍った自分が熔けていく気がした。
「……ッはあ、」
「…いきなり、だな」

手を回して体温を感じていると不安だった気持ちが獅子脅しのようにカタリと逆に傾くのがわかった。 キスひとつで温いしあわせに引き戻された。嘆くほどに単純で現金な自分に少し、呆れた。
(俺は単細胞生物じゃなかろうか)
「もう終わりか?」
「……」
「もっとするか?」
「……しない」
「じゃあ飯つくる。」
カルボナーラとミートソースどっちがいい?今なら冷蔵庫が肥えているからどっちでも作れるぞ。と杉田は靴を脱いで部屋に上がっていった。
なんで、なんでおまえはそこで空気が読めるんだ。
杉田は振り返らなかった。冷たい玄関で泣く俺の邪魔をしないよう。なんだか男らしい遠慮がむず痒くて、心地良かった。そうだ、自分でも何故泣いているかわからないのに理由を聞かれても困るし。そのまま涙を垂れ流したい時もある。
ぽつぽつと敷石の上に涙は落ちた。だけどそれはプラスへ向かうものだと、思った。しあわせに、向かうためだと。

泣くと腹が減る。なんだかしょっぱいものが食べたい…ミートソースがいい。そう思いながら扉を開ける。

「あ、勝手にミートソースにしたけど」

まったく、さっきからエスパーか。杉田がスプーンを曲げる所を想像するとマヌケで笑えた。だけど単純な俺は、そんなエセ超能力者に騙される。
部屋中に充満する茹でたてのスパゲティーの匂いはきっとしあわせの匂いなのだろう。なんて、俺は柄にもないことを、思った。




(ふいうちのキス ふいうちの涙)









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素敵企画に参加させていただいた時のです。一週間すぎゆをチュッチュさせようという素晴らしい企画でした´д`
私は木曜日、ふいうち で書かせていただきました。

周りの豪華さにあわあわしながらも(まったく場違いもいいとこだったんだよ…)とてもいい思い出になりました!

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