小説

□雨上がりに紡ぐ戯言
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健一は指を指して言う。

切れかけの蛍光灯みたいやね。
こっちは固い、宝石みたい。
これは伸ばし棒がモモンガが空飛ぶイメージ。


***

少し遅めの昼食をとってお腹をみたした俺達は、次の収録までまだ少しの時間があるのを見留めて散歩をしていたのだった。朝は降っていたのに、慌てて買ったビニール傘がもうお荷物だ。

雨上がりのコンクリートは雨の匂いがする。
染み込んで蒸発して、透明な靄になって雨粒は消えていく。
刹那、またセンチメンタルな事を考えたが、すぐにぽろりとおちた。
健一が俺に話しかけたからだ。
水溜まりに張る薄い油膜が、青を微かに映して揺れた。

立ち止まった健一は

「なぁなぁ、」

と俺を呼んだ。

「ん」

尖った靴の歩みを止めると、健一が指差す方をみる。

「最近、音の力について考えんねん」

健一が指し示していたのはぺたぺた所狭しと貼られた、俗に言うピンクチラシであった。
新宿の街はこれが多い。
あそこまで突き抜けて悪趣味な代物を作り出せるクリエーターに、もう感服と呼んでもいい位の感情を抱く。なんだか愉快にさえなってくるから、極端なものというのは不思議だ。

「音?」

こくりと健一は頷いた。

「音。たとえば」

チラシの中央に陣取って妖しい笑みを浮かべるルミ(22) を指差して言う。

「このル、て音。なんか舌先で丸まる感じせぇへん?」

ル ル ル と健一は声に出してみる。確かにそう言われればそうかもしれない。

「で、ミ、はなんか甲高い感じ!」
「んー、そうか?」

興奮したように健一は続ける。

「で、で、ルとミがくっつくとイメージは…黒電話やねん!」
「なんでやねん!」

こいつは時々突飛な事を言う。
多分過程を言葉にしないだけで、頭の中では理路整然と組み立てたプラモデルみたいな結論が完成しているのだろう。
だがやはり指し計れない完成形に俺は首を傾げる。

「えーなんで同意してくれへんのー?するやんけ!黒電話!携帯じゃなくて黒電話!」
「うーん…」

予想と違う反応だったらしく健一は口を尖らせた。

「50音のパワーってすごいと思う!みんな大きい意味隠してるみたいな気ィすんねん。」

探偵みたいにその意味を探すのって、めっちゃ楽しい。
暗号解くみたいで。
健一は晴れやかな笑みを浮かべてそう言った。
シャーロック・ホームズ
エルキュール・ポワロ
ミス・マープル
金田一耕介
んー…古畑任三郎!


***

確かに仕事柄言葉についてよく考える。
だけど50音全てに意味があるなんて、そういう思考を組み立てた事はなかった。


「孝宏はねー高くて広い、やろー…空、かな?」
「ってオイ!そういう考え方もアリ?」

それ、めちゃめちゃ単語やんけ…とツッコミを入れると健一はだって高くて広いやろー?と不思議そうな顔をした。
母音が関係しているんだろうか、なんて真面目に音について考えだした矢先だったので俺ははぁ、とため息をついた。
孝宏で高くて広い、なんて、そのままじゃん。

「ええやん、空。高くて広いっ!」

健一は何が気に入ったのか、快活そうにけらけらと笑った。

「なぁ、俺は?」
「ん?」
「俺はどーゆーイメージ?」

健一は期待の篭った目でそう問うてくる。
健一、けんいち、ケンイチ。
なんだか一人難しく考えるのが馬鹿らしく思えてきて俺は、浮かんだ言葉を端から紡ぐ。

「1番、健康だろ?」
「うんうん」
「健康…じゃないけどな」
「うっさいわ、最近は健康!」
「んー…一っていう字が、なんか…広がる感じ?」
「おっ、」
「雄大で、静かで、そうだな、海かな」
「…その心は?」
「空と似てる、そんでいつも向かい合ってて、互いに憧れる、焦がれる。」

一本取ったり!したり顔で見ると、健一は

「…おまえが言う事はいちいち寒いねん」

と少し頬を染めて目線を逸らした。

「おまえが言いだしたんだろー。しかも俺、なかなか探偵向いてるわ」
「孝宏なんかワトスンで十分じゃ…」

憎まれ口を叩きながらも俺の返答が気に入ったらしく、健一はまたけらけら笑った。

「海と空かー」
「広大だなー」
「広大な二人やねー」
「ふはは」


***

お互いがいつもお互いを見て、その広さに憧れて、恋焦がれて。
海と空。正鵠を得た例えだと思う。

俺は健一の穏やかで底が知れない深さに憧れ、健一は俺のなにもないからりとした所に憧れるのだ、多分。
幾千もの蒼が重なって創りだすその色を、これから先も見たいと思う。多分、お互いに

「もういい時間やん。帰るかー」
「おう、」

太陽が煌めきだした。
俺が空だなんて、おこがましい話ではあるが。
もしそうなら、じゃあ。
ずっとおまえを見てるよ、なんて
また寒いと笑われる台詞は、言わない。






雨上がりに紡ぐ戯言











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たかひろに難しい事を吹っかけるけんいち
ただし今回はたかひろの勝ち!

わっけわかんない話ですいません。
が、意味不明でたのしかったので、こういうのはまた書く。多分

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