小説

□初恋の音
1ページ/1ページ




セーターの、ほつれた毛糸を引っ張るみたいにするすると解いていった。文字通りの糸車。すごく明朗な音をたてて、カラカラカラカラ
――俺は、もう



***

スタジオは言葉の洪水だ。
いやまってくれ兄さん、ごめんもう決めたんだ、いや!私を置いていかないで、ごめんよ、ごめん、ごめん、ごめん

昔の事を思い出す。まだ制服に包まれていた頃。
極端に目立たないよううまく隠れながら生きていた。
まわりの色に馴染んで、カメレオンみたいに上手くやれていたんじゃないかと思う。

現場はクラス替え直後の教室みたいだ。俺を排除しようとしているかのような、言葉の洪水。


今まで上手く行きすぎたのだろうか。ごくり、生唾を飲み込む。顔面はきっと蒼白。大丈夫、大丈夫、自分にそう言い聞かせて、俺は何度目かのアフレコに臨む。



今日はなんとかそつなくこなせた気がする。ただ、それはリテイクを出さないという面だけでの話だ。
先輩の鬼気せまる演技を目の当たりにして俺は嘆息した。
俺にまだ足りないもの、俺にまだ足りないもの。
感情をそのまま音に乗せるにはどうすればいいのか、例えば、笑うって、なに?
自問自答がぐるぐる回る。
…頭痛くなって来た。
自分の言葉でさえ自分を攻撃するのか。同道巡りに埒が明かないので俺は、廊下へと続く重い防音扉に手をかけた。


***

東京の街の雨は生臭い
窓ガラスを伝う雨粒がせわしない。
「さくらい、さん」
自分も雨と同化しているような気になっていた。引き戻される。

「?」
「監督が、呼んでこいって」

疑問を顔に出してしまった。
確か、この人は、同い年の

「鈴村、さん」
「…具合悪いんですか?」

そういうとこの男は心配そうに俺を覗き込んできた。
コーヒーのせいか、意識は冴えていて、冷静に鈴村を観察する。
(目、でかい)
雨のせい、なわけないのにそんなことを考えてしまう、濡れた黒眼。

(あ、睫毛)
涙袋のあたりに一本、抜けたらしい睫毛がついていた。
白い肌に一筋引かれた線みたいで、もしくは、ヒビみたいで
じっとそれを凝視していた。

「あの、大丈夫…!ッ、」

ふっと睫毛を吹き飛ばしてやると、鈴村は驚いて猫みたいに飛びのいた。

「な、なにするんですか!」
「いや睫毛が…」

ココ、ココについてて
誤解がとけた鈴村は赤くなって、

「…びっくりしたー」

へへ、とそのまま笑った。
あんまり柔らかく笑うので、俺も少し口元が緩んだ。



「すごかったですよね」

俺の隣にぽすりと座った鈴村は続ける。

「俺、鳥肌たって、涙でそうになっちゃって」

どうやら先刻のクライマックスの事を言っているようだ。
確かにあの演技は、俺も鳥肌たった。
そして自分を見て、情けなくなって

「だけど」

鈴村は語気を強める、――だけど

「だけど、俺、負けてらんないなって。」

――カラ

「俺も一泡ふかしたる!って、」
「泣かしたる、て思いました。」

カラ、カラ ラ

「俺達の時代は来る!ね、櫻井さん」

感情の糸車が

「俺達の、時代?」
「そう、変えていきましょ、俺達が、創る。」

なんちゃって
鈴村は茶化すようにハハハと笑った。
だけどその眼に確かに息づいていた情熱に、荒々しい野心に、
俺は目が離せなくなった。
こんなにほわほわした男の中身の強さを見た気がして、ドキリ、とした。
そして、きっとこの男は、わかってるんだ。
…慰められてしまった。

から、り

「す、鈴村さん!」
「?」
「このあと暇だったら…飲み行きませんか?」

鈴村は大きな瞳で俺の顔を伺って、それからにこりと笑って言った。

「俺、酒癖わるいですよ?」

その笑顔に安心した。自分から誘うなんて、珍しくて緊張したのだ。
でもそれくらい知りたいと、思った。強い衝動。
この男が何を考えているのか。
なんだかそこに見えない未来の糸口があるような。そんな気さえ

(あれ?)

(なんだか、心が晴れた)

からからからと糸車が鳴る。
絶えず解けていく糸の束
比例するように空が晴れて、
やっぱり見た目通りこの男は晴れ男なのだ、と思った。



まだだれも知らない。
これはきっと、



      初恋の音













―――――――――――――――――
このあとほんとに酒癖の悪かった健一くんに困る孝宏くん^^

テーマは初恋
孝健の泉が元ネタです。てかまるまるパクった台詞が一つ…笑
櫻井さん鈴村さん呼び、いいですね…!
5000を踏んで下さったひのこ様に捧げます。
遅くなってすいませんorz
焼くなり煮るなり捨てるなりどーにでもしてやってください^^
ありがとうございました。
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]