小説

□愛なんてくれてやる
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なれない事をするもんじゃない。
と、言うかここで言うソレは俺がかけた無駄な情けか。
おねがい、おねがいだ。
と押し切られ重い腰をあげて出かけたレイトショーは、なんとまあ…予想通りこてこての、ラヴストーリィだった。砂吐く位、甘いやつ。
ポマードで頭をカチカチに塗り固めた男はスクリーンでのたまう。

「愛してるよ、僕の子猫ちゃん」

ぞわわと背筋を嫌な種類の痺れが通り抜ける。
愛してるよ 子猫ちゃん…子猫ちゃんだと?むしろ化け猫だろう、けばけばしく散る化粧、極彩色のミニスカート、…子猫ちゃん?

あんまりな台詞に既に戦意喪失した俺だった。
だが言われた子猫チャン(もとい、化け猫)は黒いばかりの瞳に涙を浮かべてこう言うのだ。

「まぁ!嬉しい…私もあなたを愛してる!」

…とんだ茶番だ。見てられない。俺はムカムカを心に押さえ付けて、諦めて目を閉じた。
愛してるって、何だそれ、どういう気持ちだ、寒気が立つ。
そんなふわふわしたもの俺には、わからない。






「映画、よかったな。」

はぁ?ものすごく嫌そうな顔で振り向いたであろう俺の先には目をきらきらさせている杉田がいた。
「…どこが」
「あの情熱的な愛の告白、涙がでそうだった。来てよかったな、中村」

俺の不平など聞いちゃいない杉田はあろうことかパンフレットを買い求める長い列に並びだした。
こうなると誰にも止められない。ソレを1番よく知らしめられているであろう自分であった。
ため息とともにベンチにすわる。…釈然としない。





「え?何?」
「だから…、――愛ってなんですか」
「…何言ってんの中村」

引いた声を聞いて即座に後悔した。…やめておけばよかった。
後悔先に立たず。…後にだって立ちやしない。

「神谷さんに聞いた俺が阿呆でした、すいませんでした、じゃ」
「ちょ、ちょっと待て」

怒りを含んだ俺の声に少し慌てたらしい先輩だった。

「いきなし愛とか言われても…」
「神谷さんならわかるかと。」
「なんでまた」
「小野さんいるし」
「…嫌なこと言うねえ」
「仕返し、です」

受話器の向こうの神谷さんははあ、とため息をついた。

「愛ねぇ、愛、ラブ?」
「そう、ラブ」
「ラブねぇ」
「ラブラブ」
「…中村真剣に考えてる?」
「俺にラブだとかそんな痒いものわかりません」
「…あのねえ。…杉田となんかあった?」

「ない。」
即答する俺だった。
神谷さんは何か言いたそうだったが黙っていた。

「しょうがない、中村、教えてやろう。愛てのはね、……従属だ」
「じゅうぞく?」
「そう、従属。」
言い切る彼だった。
「見返りを求めない、あいてが何をしても、どんな酷いことをしても許せるくらいの、多大な、思い」
「どんな酷いことをしても…」
「まるで王様に仕えるみたいに、かしづくこと、それが愛だよ」

俺の脳裏に浮かんだのは、女装願望を公言して憚らないあの、変態。

「あ、やば」
「?」

携帯の向こうが騒がしくなる。

「厄介なやつが帰ってきた」
「厄介てなんですか神谷さーん」
…変態の声がする。

「ごめん中村、切るよ」
「え、あ、ハイ」
――愛はひとつだけじゃないと思うけどね。
そういって電話は切れた。

従属…
二人の間が垣間見えて、あの変態に少しだけ、少しだけ同情した。



愛ってなんだ、益々わからなくなった。








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