小説

□春、スナフキン
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何て話しかけようか、そればっかずっと考えてた。少し茶色がかかった髪、真っ直ぐのびた背中。日和っていては何も始まらないと自分を叱咤してみても、ほんのすこしの勇気がでない。話をしてみたい。ただそれだけのシンプルな思いが俺の中で着実に膨らんでいった。




春、スナフキン






ある日の3限目、数学。
難しい数字の羅列を理解できるはずもなくて、早々と諦めた俺は黒い背中の海で一人顔を上げていた。カリカリとシャーペンを走らせる音が教室を支配している。前の席のあいつは真剣に問題に取り組んでいるようだ。細いシルバーのシャーペンがくるくる指で遊ばれている。…あ、そうだ!

きっかけを、みつけた。

「なあなあ」
話した事もないクラスメイトに話し掛けられてそいつは周りをキョロキョロと見回してから振り返った。
「…俺?」
低くて甘い声、だと思ったのだ。英語の音読の時、ファーストインプレッション。
やけに耳に浸潤する声、だと。
勢いのまま俺は続ける。
「さくらい、くん…ペン回し上手やね」

それが 初めての 会話
俺達の はじまり。





例えば鈴木とか、杉田とか
そういう苗字の奴がこのクラスにいなくてよかったと思う。
入学して初めて話しかけた奴がこんなに気のあうヤツだったなんて、俺は本当に運がいい。
1等賞の当たりくじを引いたみたいだ、と。
櫻井の話で笑いすぎて、腹筋が筋肉痛になった朝、思った。
二人でつるんで、アホな事やって、学校が楽しいのはまるまる彼のお陰だと思っていた。
自転車を漕ぎながら昨日付けたクラスの女子のあだ名を思い返す。
「ゴルバチョフて…ひど」
そう櫻井が名付けたクラス委員を空中に思い描いて、そのハマリ具合にくくく、と笑いを堪えた。

チャリ小屋に自転車を停めて西口へと急ぐ。
丸い柱に寄り掛かる彼を見留めてふ、と頬が緩んだ。

「おはよ!櫻井!」
「おっせーよ鈴〜」
「ごめんごめん」

肩を並べて歩きだす。
櫻井の方が握りこぶし一つくらい大きい。

「櫻井昨日ガキツカみた?」
「あ、寝てたわ」
「おおい!見ろよ!もーせっかくおまえにあの罰ゲームをお見舞いしてやろうと…」
「ふざけんな〜なんで俺が」
「えーやんかー」

にししと笑うと櫻井に小突かれた。

こんなたわいのない会話が1番楽しかったり、する。
駅の流れに乗っかって、俺達は満員電車へと吸い込まれた。
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