小説

□ふたりのスナフキン
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「ほんとなんもないね」

孝宏がぽつりと呟いた。
隣でうなだれている俺は、先刻までの自分を思い返してみて気が付いた羞恥と呆れと申し訳なさでぐちゃぐちゃになっていた。
俺と、たかひろと、案山子×2、そしてとっとと行ってしまったバスの停留所と、木と、山と、
見渡すばかりの田んぼ田んぼ田んぼ…それと空。だけだった。そんな田舎にいた。平日の真昼間なのに
秋の風は田舎のせいなのか、顕著に感じられる。
最後の夏服が翻る。
「…」
事の始まりは、というと3時間前。3−Dの教室まで遡る事になる。




ふたりのスナフキン




糸口はたくさんあったのだ、前々から無意識下に考えていたのだと思う。トリガーをひいたのは、1限目の美術。
黴臭い倉庫で見た、綺麗な空の絵。


「健一〜次移動だよ」
「…」
「ほら、視聴覚、おいてくぞー」
「…なあ」
「あ?」
「空が見たい。」
はァ?
すっごい怪訝そうな顔をされた。
こっちは決死の覚悟で言ったのに、なにいってんだおまえ、的な。
まあ当たり前といえば当たり前なのだけど。なんせ今日は月曜日。一限目。俺達は、9月の受験生。

でも俺はそんなわかりきった反応にいらっときたのだ。
わかっていたけど、いらりと。
その時の俺は、今まで生きてきた中でワースト3に入る位我が儘だった。
心の奥の、熱くてどろどろした感情が、塞きを切って溢れ出す。

「不安になったりせーへんの?」
「え」
「孝宏は俺みたいに不安になったりせーへんのんかって聞いてんの。」
「…」
「俺はいつも不安」
「未来見えへんし不安」
「成績伸びへんし不安」
「孝宏は女にモテるし不安…おまえ誕生日にプレゼント貰っとったやろ…」
「!それはちゃんと」
「日本のケーザイも不安やし」
「政治家のオショクもよーわからんけど不安!!」
「汚職て…」
「えーの!とにかく不安なの!」
「この汚れた都会の全てがいやなの!」
「…」
「…孝宏」
「逃げよ、二人で」
「え…?」
「田舎いこ、青と緑しかないようなとこに、いこ!」
「着いたらまず木切ってな、家つくんねん、んで畑作って、自給自足の生活、ダッシュ村みたいな!」
「なんかよくない?!わくわくしてきーひん?」
「…なぁ、健一」

次に続く言葉は何となくわかっていた。
寧ろそれを引き出すために言ったようなものだった。


何言ってんだ
阿呆か
現実逃避だ
ダッシュ村は、アレは金持ちの道楽だ
俺達に金はないし、
それ以前に俺達は子供で
何も知らない子供に語る自由なんてない。


わかっていた。
でもやっぱり聞きたくなくて、俺は子供で
だから呼びかけられたけど、無視して、間髪入れずに口を挟んだ。


「俺は、これからの俺達が不安なの。一番」


いつもより饒舌
言葉は止まらない。

「俺は孝宏の事、好きだよ。」
「でも、俺達は男同士やし、」
「デートしても手も繋げへんし」
「駅で別れ際にちゅーもでけへんし」
「俺はまだ今若いから…いいかもしれんけど」
「そのうち年取って、髭面の熊みたいにになるかもしれへんし」
「そしたら孝宏俺を捨てるんや、」
「きっと男なんてめんどくさい相手選ばんで、あのプレゼント女と付き合うんや…」

あのぶりっ子女と歩く孝宏を想像したら、悲しくなって涙がでた。

「もう…ええよ。ごめん俺帰るから。」

無情に予鈴が鳴り響く無常の教室。

目を丸くして聞いていた孝宏を尻目にがちゃがちゃと帰り支度を始める。
鞄を引っつかんで歩きだす。
もうすでに冷たく醒めた体は、後悔でいっぱいだった。
ぐす、と鼻を啜る。


ガタンと机と机がぶつかる音がした。その大きな音に驚いてさっき固めたはずの決心が簡単に揺らぐ。
振り返ると孝宏が怒っていた。
近年稀に見る怒り様
どうやら今日は彼もワースト3らしい。
すごく不機嫌そうに孝宏も鞄に教科書やらペンケースやらをつめだす。
つかつかと歩いてきて、言った。

「いくら持ってんの。」
「え?」


キーンコーンカーンコーン
間延びした本鈴がなる。


「何円手持ちがあるかって聞いてんの。」

いつもと違う孝宏に怖ず怖ずと財布を差し出す。

「……3000円ぽっち」

ぽっちってなんだ。カツアゲか!
しかし反論する間もなく孝宏はスタスタと行ってしまう。…俺の財布を持ったまま。
「ちょ、孝宏」
追いかける形になって、廊下には二人分の足音。
チャイムはいつの間にか、鳴り終わっていた。




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