サブ書庫(VL)

□霧の向こうの面影3
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ちょっと長めです。

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玄関から奥へと通されて、不思議な気分になる。昨日は忍び込んだのに…っていうか中の状況は昨日と何ら変わりないんだけど。時間が早いせいか多少明るくて色が解る程度だ。

明るいのは歓迎だが、逆に蜘蛛の巣とか黴とかいらないものが見えてこれはこれで嫌かもしれない。

「そういやさぁ、カイト。さっきの鍵ってどこの鍵なんだ? 玄関のじゃないよな?」

「えぇ。地下室の鍵です。そこで話しますか?」

「ん…いや…どこでもいいんだけど。暗くなかったら。」

カイトは俺のセリフにも特に何も言わず更に奥へと俺を誘う。廊下の行き止まりで白いコートのポケットからさっきの鍵とは違う鍵を出して扉を開けた。 

「…ここはマスターの書斎です。この地下に部屋があります。どうぞ。」

「…ヘー…」

大人しくついて歩くと、カイトは絨毯を捲って観音開きの…まるで地下の格納スペースの扉のようなそれを開いた。確かに地下へと続く階段がある。入口は狭そうだけど、奥は広そうだ…っていうか建築基準法とか色々触れてそうな気がするけどどうなんだろう。

「マスミさん、明かり点けましたよ。」

「え、あぁ、ありがと。」

先に降りたカイトが電灯を点けた。ちょっとちかちかしてるけど、まぁ無いよりはいい。あー、やっぱり明るいっていいな。って…電灯?

「え、電気通ってないだろここ…」

「近くの川から水力発電で…とマスターに聞きました。私が目覚めることが出来たのもまだ電力が通っていたからです。」

…ここはあれか。器用なマスターだな、と褒めてやるべきなのか? いやそれよりも。

「目覚めたって…」

「…約86283.2時間振りにスリープ状態から脱しました。」

「……はい?」

咄嗟に計算など出来ずに聞き返すと、カイトは首を傾げた。何だこの感じ。仕草は人間と変わらないのに…ややこしい奴だ。

「コンマ以下が少なかったですか?」

「いやそうじゃなくて…えーと…10年くらい前にここの主人は亡くなってるって聞いたんだけど、それから寝てたのか?」

「亡く…なる? マスミさんの言う通り約10年前、マスターは私をスリープ状態にしました。目覚めたのは128時間前…約5日前です。」

俺が理解しやすいように言いなおして、カイトはそう言った。あぁー、やっぱり亡くなるとか意味解らねーんだなこいつ。まぁそれは後にするとして。

「…何で急に目が覚めたんだ?」

「わかりません。」

エラーも出ていませんでした、と棺桶のようなものに触れながらきっぱりとカイトは言い放つ。中はクッション素材のようだが、コードが色々な所から出ているから、ここでスリープ状態とやらになっていたのだろう。そしてコードはそのまま、周りに乱立する機器やモニターに繋がっている。

どうでもいいけど形はもうちょっと何とかならなかったのだろうか。怪しい洋館の地下に棺桶とか…B級ホラーかよ。

「ふーん…あ、そういやさぁ、カイト。」

「はい。」

「スリープしてた期間は解ったけど、起動してからはどのくらい経つんだ?」

俺が尋ねると少しカイトは迷うように沈黙した。

「…このボディが出来たのはスリープの1か月前ですが…私というプログラムが最初に起動したのはスリープの約10年前になります。そこからボディを何度も造り直して、」

「ぅえっ、そんなに前なのか!?」

驚く俺にカイトは冷静に続ける。

「はい。最初はプログラムされた会話だけを応答する疑似会話しか出来ませんでしたが、そこから何年もかけてマスターは私を完成させました。」

「…一人でか?」

凄い執念だな、と思った俺はその理由をすぐに悟った。カイトが写真立てを俺に見せたからだ。古く色を無くした家族写真。父母の間に挟まれて微笑む青年はカイトにそっくりだった。

「はい。私は、マスターの…埼浦博士の一人息子『魁斗』さんをモデルに造られています。」





「ちょっと、見てもいい?」

ロボット工学とか人工知能とかそんなの専攻じゃないから俺に解るとも思えないけど。モニターを指差して言うとカイトは特に躊躇うことなく頷いた。

カイトはマスターとやらの事を、自分の状況をどこまで理解しているのか知らないが、何かおかしいだろ。

10年前に死んだカイトを作ったマスター。その何たら博士って名前は聞いた事がある。確かどっかの大学の有名教授で…ロボット工学の権威とかそんなもんだった気がする。

その博士がこんな辺鄙な場所で一人実験に明け暮れた。カイトの話と合わせると博士は息子の代わりを造りたかったんだ。亡くなった息子の代わりにカイトを造って…でもそれならどうして髪や瞳をこんな色にしたんだ。どうして、自分の死期を悟ったようにスリープ状態にしたんだ。



幾つかのモニターの電源を入れる。現在の状況を映すモニターと…あ、これか。記録用のモニター。静止したそれを操作パネルを探し出して巻き戻す。

ちらりと背後を振り返ると、カイトも興味があるのかモニターを覗き込んでいる。適当なところで止めて再生してみる。

「あ、マスター…」
「……。」

カイトは不思議そうにじっとモニターの映像を見ている。さっきの写真より老けた…几帳面そうな初老の男、博士がカイトらしきロボット(今より何か歪だ。)の横の操作盤で何か入力している。

「あれ、カイト。この時お前黒髪じゃん。」

「…そうですね。今の前のボディで変更されました。」

何だそれ。外見は息子に似て来てるのに中身が追い付かないから嫌だった? それとも。

「なぁ、お前のマスターってさ、どんな人だった?」

「え? どんな…。そうですね、凄い人でしたよ。」

そりゃ凄いのは解る。だけどそうじゃなくて。

「厳しかった、とか怖かったとか。優しかった、とか…そういうのないの?」

「……解りません。ただ、妥協はする人ではありませんでした。」

感情が解らないってなぁ…この見た目で。あぁもうじれったい。

モニターに目を戻すと、カイトが少しぎこちないけど歩いていた。博士はそれを…あぁ、そうか。

音声は無い。だけど、カイトが歩き終える先には博士が腕を伸ばして待っていた。まるで歩き始めた子供にするように。

カイトが腕の中に収まると頭を撫でて何か言っている。よくやった、とでも言っているのか…その顔は穏やかで慈しみの表情だ。

「カイト。」

「はい?」

「お前、代わりじゃないかも知れない。」

「…? でも私は『魁斗』さんの代わりに造られました。」

そうか。今のお前が解らないのが、俺は少し悲しいよ。

そこで映像を止めてもカイトは何も言わない。その先を見たいとも、何も。

何とも言えない気持ちのままモニターの電源を切って、俺はふと腕時計を見る。

「…あぁぁぁ!! もうこんな時間かよっ!」

折角早く来たのにもう18時だ。あぁー、嫌だ外に出るのが。森の中はこの時間でも絶対真っ暗なんだよきっと。

「マスミさん?」

「悪い、俺もう帰らなきゃ…つーか暗くなったら幽霊でそうで嫌なんだ!!」

「あ、はい。」

早くも階段を上がり始めた俺をカイトが追いかけて来ようとして明りを消しに行った。俺よりは暗闇に強いのだろう。あ、見送ってくれるのか。

上がり切った先の書斎は薄暗い。と、ふと目の前の本棚の前に一冊の本が開いた状態で落ちているのが見えた。何でこんな所にとしゃがんで手に取って上を見ると、本棚の本は斜めに傾いていた。滑り落ちたのかもしれない。というかそう思いたい。さっきは無かった筈だ。気のせい気のせい。

「マスミさん、玄関までお送りします。」

「ぅわぁ!」
「…? どうかしましたか?」

上がってきたカイトに声を掛けられただけなのに驚いてしまった。うぅ、だから暗いところは嫌なんだ。

「いや。うん…何でもないんだ。ありがとうな。」

「…マスミさん。」

「え、何? これならすぐ戻す…」

本棚にその本を戻そうとした俺は、元通り地下への扉を閉めて絨毯を戻したカイトが指差す先を見る。部屋には扉が3つある。一つは地下への扉。一つは玄関から続く、俺たちがこの部屋へと入ってきた扉。もう一つは。

「お知り合いですか?」

「………。」

見覚えのない扉…どこに繋がっているのかなんか知らない。昨日通ったかもしれないけどそんなもの覚えてない。薄暗い扉の向こうの部屋の奥には白いワンピースの少女が一人。確かに暗闇で白は目立つけど、そんなもんじゃない。距離はきっと10mは開いているのに、顔まではっきり見えるとかあり得ない。

知り合いって、何が、誰が! 叫びたいのを堪えて俺は空いた手でカイトの腕を取る。

「どうしたんですか、マスミさん?」

「どうもしねぇ!! いいから付いてこい、逃げるぞ!!」

「…でも、」

走り出した俺に、戸惑ったようにカイトが続く。腕を掴んでいるから仕方なくといった感じだ。見なくていいのに背後を振り向いているのが解る。

「でもじゃないっ、そいつ、知り合いじゃないし幽霊だからっ!!」

「あの子が幽霊なんですか? 幽霊だからってどうして逃げるんですか? だってあの子、手招いてますよ? 行ってあげないんですか?」

「だぁぁーーっ、こういう場合はなっ、のこのこ付いてったら俺らが酷い目に遭わされるのがセオリーなんだよっ!」

『おにぃちゃぁん…』

ちらりと視線を遣ると、ゆらりと少し移動して温い笑顔で手招く少女。あぁぁ、嫌だ見たくなかったのにぃぃ…。

俺なんかもう涙目だ。ちくしょう今日は肝試しに来た訳じゃないのに!!

『…遊んでよぅ…寂しぃぃ…』

「マスミさん、あの子遊んで欲しいだけみたいですよ。ちょっとくらい…」

アホかぁぁぁ!! 俺が悪いみたいな言い方すんなよぉぉ!! そんなん俺は聞きたくなぃぃ!! くそ、こうなったら…。

「カイトッ!!」

「ハイっ!」

俺がちょっと振り向いて真顔で叫ぶと、カイトが恐らく反射的にだろうが、いい返事をした。

「悪いことは言わない、いーからここは黙って俺についてこいっ!!」

「は、はい。解りました!」

掴んだ腕が少し軽くなる。カイトも漸く真面目に付いてくる気になったようだ。 

玄関の扉は何故か開かない。ちょっとそんな気もしてたから、昨日入った応接室へと移動して、カイトの腕を開放すると窓枠に手を掛ける。あぁあ、しまった。本も返し忘れてたが今はそれどころじゃないので鞄に手早く仕舞う。

「っ、」

僅かに枠に残ったガラスが手の平を傷付けたが、気にせず身体を持ち上げて足を掛け、乗り上げる。

「カイト!」

「……あ…」

薄赤い陽の光…僅かに沈み切っていない夕陽が背後から差し込む中、茫然と俺を見上げるカイトに窓枠に掴まって手を差し伸べる。いや、俺じゃない。どこか茫洋と遠くを見る表情。

「手、貸せ! 手伝ってやるから!」

「…で、も。」

正気に戻すように大声で俺は怒鳴ってさらに腕を伸ばす。何でここまで来て躊躇うんだ!! さっきまで素直に付いてきたじゃないか。

後にはまだ追いつかない少女。ゆらりゆらりと近付く。

「カイト、来い!」

「……。」

「走るぞ!」

迷うようにのろのろと伸ばされた手を俺から掴む。重い身体を無理にでもと引っ張ると意を決したのか俺に倣って足を窓枠に掛けて登ってきた。先に俺が下に降りて外に出るとカイトも今度は迷わず付いてきた。





屋敷の先、森の中はとにかく暗くて方向がよく解らなかったが走りに走った俺は、やっと見慣れた国道を目にして少しほっとしつつ、柵を乗り越えて歩道へ出る。普通に歩いていた人がいきなり森から出てきた俺に驚いたようだったが、適当に笑って誤魔化すと横断歩道を青で渡る。

人気があると少し安心するものの、知り合いがいる訳でもないので家に着くまでは安心できない。小走りで良く通うスーパーや居酒屋の前を通り過ぎ、やっとアパートが見えた時には心底溜め息が出た。

駆け上がる様に外付けの階段を上ると見慣れた我が城…ならぬ俺の部屋へと向かう。鍵を出そうとしたところで、ふと手元が暗い事に気が付いた。

いつもなら街灯のお陰で見やすいのに、と顔を上げて俺は叫びそうになった。

「………っ!!!!」

「…マスミさん?」

尻もちを付いてぱくぱくと鯉のように口を開閉する俺を、俺よりも嵩高い人物…いやアンドロイドだっけか。カイトが不思議そうに見下ろしてきた。

「…カ、イト。」

「はい。何ですか?」

…俺、何してるんだろう。ヤバい。逃げるのに必死で途中からカイトの事が全く頭になかった。こいつの家はあの屋敷で。あぁでもあの場合放っておいたらこいつきっと危ない目に遭って。けど人間じゃないから実際どうなったのか解らないけど。とりあえず何であれ放っておくって選択肢は無かった。

って訳でとにかく俺はカイトをお持ち帰りしてしまったようだ。変な意味はない。ないけどどうすりゃいい訳? 今からまた返しにっていうか送って行くのか? そんなの無理だ。うわぁぁぁ。どうするんだよ俺。

「…とりあえず…今晩は俺の部屋に泊まってけ。」

情けない俺は、引き攣った笑顔でそれだけ言うのが精一杯だった。



続。

―*―*―*―*―*―*―*―



計算間違ってたらカッコ悪すぎるぜ!!

とか思いながら…えぇと計算しないで下さいね、そんなもんだと思って下さいね。はい。


やっとマスター(仮)とカイトが一つ屋根の下に…。住む直前に寸止め。


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