サブ書庫(VL)

□白く舞う花びら1
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ふわり、ふわりとしろいゆきがそらからおちてきました。

それはまるで まっしろなはなびらのようで…




白く舞う花びら




「マスター…」

ほう、と白い息を吐いてカイトは空を見上げた。今は離れているマスターはこの季節が好きだった。いや、正確には『元』マスターになるのだろうか。



あの人は、自分の事はズボラな割にカイトの事は酷く気に掛けていてメンテナンスやバージョンアップは必ず受けさせてくれた。お陰で何十年も…今も『生きて』いられる。

今もメンテナンス料は振り込まれているらしく、知らせが届くたびカイトは定期的にメディカルセンターへ足を運んでいる。ボーカロイドとしての型式はかなり古いが、今も問題なく活動していられるのはひとえにマスターのお陰だ。

最も、最近はボーカロイドの仲間自体を余り目にしない。家事や人間の仕事を代替することを主体にしているアンドロイドと違って歌に特化している分、趣味で購入するには高価だから、流行が去った今需要が少なくてもおかしくはない。





仲間がいないのは、寂しいと思う。寂しいという感情もマスターに教えて貰った。でも、本当に逢いたいのは。

「手紙…書いたら怒られるかな…」

マスター、お元気ですか。僕はまだ次のマスターを決められずにいます。いつまでも優柔不断だと、笑いますか?

僕にとっては貴方が一番で、それ以外の誰かなんて考えた事もなかったんです。

逢いたいです、マスター。いっぱい僕の為に歌を作ってくれたマスター。

ずっとずっと一緒にいてくれて、僕はとても幸せでした。貴方の笑顔は、何十年経ったって同じように輝いていました。

今も、貴方は笑っていますか。



「…逢いたいんです、マスター…」

カイトの青い瞳が潤んで涙が零れる。それでも、彼の足はマスターの家のある方角を向きはしない。それは最後の命令であって、大切な約束だからだ。

『新しいマスターは、貴方が見つけるのよ。絶対に、戻ってきては駄目。これは最後の…私の我儘…最後の命令よ、カイト。』

カイトのマスターはもう長くない。彼女はもう年齢的にも、病を抱えた体では何年も生きられないに違いない。

だからこそカイト自身が気に入った相手に譲渡したいと彼女は言った。

『貴方に生きていて欲しいのよ。』

独身を貫いた彼女に子供はいない。兄弟とは疎遠だと聞いた。もし自分がいなくなったら、と彼女はそれをとても気にしていた。


マスターと死に別れたアンドロイドは、家族が引き取るか、記録をクリーニングされて新しいマスターに買われるか、廃棄かしかない。メンテナンスはしているものの、型が古く需要の少ないボーカロイドは廃棄される可能性が高い。

カイト自身は、マスターがいない世界で生きる意味など無いと何度も訴えたが、彼女はどうしても納得してくれなかった。

『私は貴方の中で生き続けていたい。貴方にも、生き続けて欲しいの。離れていても、逢えなくなっても、私は貴方が好きだって言ってくれる笑顔を絶やさないから。だから、貴方がどこかで歌っているって…私に思わせて。』

一度持病で入院した時もマスターは、自分がいいというまでカイトに病院に見舞いに来ないように言った。管で繋がれた姿なんか見せたくないと、彼女のプライドがそう言わせた。
どこかで、生きていると思い続けられるというのは…ある意味救いなのかもしれない。真実を突然突きつけられるよりは、余程。



カイトが強情なマスターに折れた時、彼女はカイトが一番好きな極上の笑顔を浮かべてくれた。

『ありがとう、カイト…。…大好きよ。』

筋が目立って細く、背が少し曲がって小さくなった体。外出すれば、孫と祖母に間違われる。それでも彼女は気にしなかった。それよりも…歩けなくなる前に。記憶が曖昧になる前に。

今でないときっと後悔するからと、いつの間にか用意されていた荷物を持たされて、最後に抱擁して折れたその日に笑顔で送り出された。

『さよならは言わないわ。泣かないで、カイト。』




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