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□拭えない警戒心
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「お腹空いた…」
家の掃除が一段落した頃、空腹感に限界を感じてモップを動かす手を止める。時計を見るとお昼はとっくに過ぎていた。
「何か食べなきゃ、……っ!」
重大なことを思い出して、モップがカラン、と手から滑り落ちる。
お昼を過ぎた……?
もしかして……あの狼男も今……お腹空いてる……?
自分の空腹が限界どころの騒ぎじゃない。あの狼の空腹が限界だったらそれこそ私の命が限界だ……!
床に落としたモップをゆっくり拾って固く握り直すと、掃除をしていたばあちゃんの部屋をそろりと出た。
あの男は今恐らく庭の草むしりをしているはず…。窓からこっそり様子を窺ってみ、
「お嬢さん?」
「きゃあああああああ!!!」
驚いてとっさにモップを大きく振りあげた。
しかし、振りおろされたそれは男に当たることはなかった。男が片手でそれを掴んで止めたからだ。
「!」
心臓がばくばくしている。声が、出ない。
「一体どうしたんです?」
心配そうな顔で私を見る男。
私はその場にへたり込んでしまった。
***
とりあえず居間のソファに腰掛けると、男にお茶を出される。さっきと逆だ。
「僕に食べられると思ったんですか?」
本心は言わずに様子を探ろうと思ったのに、男が私に放った第一声はそれだった。
私は思わず目を大きく見開いてしまう。
彼にはそれでわかってしまったようだ。
「お昼の時間も過ぎたし、心配してるだろうなって思っていたんです」
男はそう言うとテーブルを挟んだ向かいのソファに座った。
「安心してください。朝食を多めにとってお昼は何も食べなくてもいいようにしてあります。次の食事は夜ですが、お腹が空く前に帰りますから」
優しい言葉をかけてくる男をちらりと見る。
どこか寂しそう…?いや、そんなわけないか…。
正直、少し申し訳なく思った。気を遣って食事の調整までしてくれているとは知らなかったし、自己防衛のためだから仕方ないとはいえ、闇雲に疑って警戒するのも悪い…のかなぁ。
いや、でもそれで気を許して食べられちゃ意味がない。やっぱり仕方がないのだ。
「…本当に今お腹空いてないの?」
最低限の警戒は解かずにじっと様子を窺えば、男は私を安心させようとしているのか、優しく微笑んだ。
「はい。今は全く空いていません」
「…そう」
答えた男の笑顔は、やはり少し寂しそうだった。
20120320