Clap log

□厄介、厄介
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「偶然ですね、先輩」

これが偶然なら私は最近タイミングが悪い偶然を重ねすぎている気がする。そして原因は何だかんだで全て目の前の後輩なような気がする。つくづく私はツイていない。

「偶然ね。さようなら」

猫の横をするりとすり抜けるように過ぎる。ああ厄介厄介。関わりたくない、早くここから立ち去りたい。早足で離れると後ろからやけに通る声が私を捕まえた。

「アリスさんの好きな人って誰です?」

幸いというのか、いややはり不幸なことに私たちの周りには誰もいなかった。遠慮無い奴の質問が頭に来なかったわけではなかったが、それよりも私は最悪なタイミングで現れた奴への驚きを悟られたくなかったので、特に何かを言い返すということもなくただ一言「さぁね」とだけ呟いて歩き出した。それが奴に聞こえたかどうかはわからなかった。


「…そうはぐらかされても気になっちゃうでしょう」

だからその後奴が困ったように笑ったのを、私が知るはずもない。



どうってことなかった。あいつとの間に変な噂を立てられようとも、それは真実ではないのだから。確かに僻むような視線や興味本位の質問攻めや遠回しな探りを入れられるのは厄介だったりする。まったく気が重くないと言えば嘘になる。しかし私はどうってことないという風に振る舞っている。だって妙な噂に振り回されるなんてあまりにも癪だ。しかもそれがあの気に食わない後輩が原因だなんて尚更のこと。

「へぇ。あたしぁてっきりあんたらデキてんのかと思った」

「ねぇ本人の口から聞く前から噂に流されんのやめてくんない。あんた本当に私の友達なの」

「だって猫くん可愛いんだからラッキーじゃない?」

いっそのこと捕まえちゃえばぁ?とケラケラ笑っている彼女は帽子屋、私の親友である。この会社規定の制服や帽子など一式の製造・販売を委託されている契約会社の中の一社員で、こうして定期的にうちの会社にも備品の訪問販売に来る。何だかんだで折りをみて会っている彼女は、学生時代から唯一気心の知れた友人だ。

「私がああいうの好きじゃないの、知ってるでしょ」

「まぁ確かに猫くんみたいな中性的でアイドルっぽいタイプはアリスの好みじゃないよねぇ」

「アイドル…なんて可愛いもんじゃない。あいつはただの猫被った悪魔よ」

「“『猫』被った”!傑作ね!」

またも帽子屋は明るく笑い飛ばすけれど、私としては上手いこと言った気になんてなれない。まだ頭ん中をぐるぐるしてる不快感をどうにか忘れたくて、出口を探していた。

「大体何であんなに私に絡んでくるのかがわからない。本当に単純に面白がってるのだとしたら腹の虫が収まらないんだけど」

「んー、確かに先輩としては見られてないかもねー」

「かもじゃなくて実際そうなんだってば。昨日もエレベーター降りたとこで偶然会ったんだけど、本当最悪だった…」

「案外運命とかー」

「アッパーかけられたいのかな帽子屋ちゃん」

「すみませんでした」

昼休みも終わりに近付き人もまばらになってきたカフェテリアを何気なく見回すと、昨日白兎さんと来たときのテーブルに一組の男女が座っているのが見えた。

「ねぇそういえばさぁ」

「んー」

スコーンをかじりながら相槌をうつのはいつものことだけどホントに毎回こいつは話を聞いているのか食べるのに夢中になっているのかわかりゃしない。私はとりあえず話を続ける。

「白兎さんの彼女誰だか知ってる?」

「噂じゃあんただけど」

「だから違うってば」

んーそうねぇと言いながら帽子屋はスコーンにジャムを塗りたくる。いかにも甘ったるそうで少し吐き気がした。

「社内では聞かないし、外の人間じゃない?会社でコソコソ恋愛する人には見えないね」

帽子屋の言葉は最もだった。白兎さんが社内で隠れて恋愛をしているとは考えにくい。私は帽子屋の意見に頷いた。

「まぁ美人には間違いないでしょ」

「ねぇ」

「ん?」

「口にジャム付いてる」

「………」


満腹になった帽子屋とカフェテリアを出ると午後の仕事が始まるようで店の周りに人気は失せていた。帽子屋が笑う。

「あたしは帰んなきゃ」

ばいばい、と手を振ると彼女はあっという間に居なくなった。帽子屋もいつも突然消えるなぁ。そこまで考えて浮かんだ奴の顔を振り払う。あいつも神出鬼没には違いないけれど。

「…あの、アリスさん」

急に呼ばれた名前に思わずびくりとしてしまった。また奴かと一瞬悪い汗をかきそうになって呼ばれた声を反芻してみれば考えていた人物よりも高い声な気がする。そしてゆっくり振り向いて嫌な予感。

厄介、厄介

どこかで見た女の子が何故ここにいるのでしょう。

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