Clap log
□馬鹿にしてると耳引っこ抜くよ
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人生で大切なことはいくつかあるが、その中にタイミングというものがある。これは重要だ。このタイミングを間違えるとまずロクなことにはならない。何故って、
まさに今ソレだから。
実を言うと他人の告白現場に偶然居合わせてしまったのはこれが初めてではない。あれは確か高校一年の夏。部活が終わったあとのグラウンド近くの体育館裏に誰かがいるのを見かけた私は何気なく覗いてしまったのだ。後悔するとも知らないで。
「……………」
長い沈黙だった。と思う。少なくとも女の子にとっては。告白の後ってのは相手の言葉を聞くまでが長い。しかしそれは扉越しに居た私にすら長いと感じられた。長いだろ。早く何か言えよ。思わず眉根を寄せるが、私今コレ、立ち聞きである。
「弥生さん」
やっと言葉を発した猫の口からは、女の子のものと思わしき名前。どうするどうなる弥生さん。チェシャ猫の野郎、もったいぶってないで早く返事しろ、
「外で誰か立ち聞きしてるみたいだよ」
…………へ?
ガチャ。
キィ、と音を立てて開いた、割と年季が入った鉄の扉。そこには今一番見たくないあのにやり顔。
「だめでしょ先輩。盗み聞きは」
は、私は一瞬声を出すことも忘れてしまった。逆光のせいでチェシャ猫の顔は暗く影を落としているが、にやりと剥き出しにされた歯と光る眼がその表情を充分に物語っていた。コイツ、今確実にこの展開を面白がってる。
「チェ、」
「妬きもち、ですか?先輩」
「…………は?」
出かけた声を再び封じ込まれた気分だった。さっきの悪魔のような笑いから一転、可愛らしい爽やかな笑みに変わったその顔の持ち主は、そっと私の肩を抱いた。
「大丈夫ですって、浮気なんて、しませんから」
「……お前、」
「弥生さん。ごめんね」
弥生さんはチェシャ猫の申し訳なさそうな笑顔を一瞬見ると、素早く一礼して屋上を走り去って行った。開けっ放しにされた鉄の扉が風に押されてやけに大きな音を立てて閉まった。
「いや、アリスさんのおかげで助かりま」
パンッ。
「………最低」
何言ってんだコイツ。完全に頭イッてんじゃないの?まともじゃないとは思っていたがまさかここまでバカだとは思わなかった。
「…痛いですね。先輩、暴力的だなぁ」
「傷付けたのはどっちよ」
「だって仕方ないじゃないですか、俺が好きなのは弥生さんじゃなくアリスさんなんですから」
「私はあんた嫌いだったけど今のでもっと嫌いになった」
「わぁ、酷いこと言うなぁ」
片手で私に叩かれた頬を抑えながらちっとも傷付いた風もなしににやにやと笑う。これが嫌い。状況を心底楽しんでいるようなこの顔にとてつもなくイライラする。
「私、好きな人いるから」
チェシャ猫の耳がピクリと動く。
「へぇ。初耳ですね。誰ですか?」
スッと細められた眼。警告してる?
今度は私が笑ってやった。
馬鹿にしてると耳引っこ抜くよ
不毛な恋だって、こいつにだけは言われたくないわね。