Clap log
□本日二度目の憂鬱
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真夏の太陽光線を感じながら私は今、人を待っている。誰を待っているのかといえば勿論仕事場で一緒の人で何故待っているのかといえば今日は昼食を共にする約束をしていたからだ。普段あまりめかし込んだりしない私でもこの人に会うときは何故か身なりを整え背筋をしゃんとしてしまう。会って喋れば落ち着くのだが、ついつい髪が乱れてないかとか服に皺がないかとか気にしてしまうのだ。
「よっ!待ったか?」
びくりと肩を跳ねさせて振り向くと、居た。彼だ。
「白兎さん!」
いつも通りのダークネイビーのスーツにスカイブルーのストライプの入ったカッターシャツ。サラサラの金髪を靡かせて小走りでこちらに向かってきた白兎さん。私の目の前まで来るとバツが悪そうに軽く頭を下げる。
「悪い。ちょっと遅れた」
「そんな!気にしないでください!また会議ですか?」
「ああ。まぁ…今回はちょっと込み入ってるんだけど」
「…お疲れさまです」
白兎さんとは部署も階級も全然違うから何処がどう込み入っているのか私にはほとんど理解出来そうにない。こんなときに元気付けられる一言でもかけられたら、と思うのに。歯痒い。
「そっちは最近どうなの?」
オフィスビルの近くにあるカフェでランチを食べているとふいに白兎さんが尋ねてきた。私は思わず持っていたナイフでデミグラスハンバーグを切る手を止めて白兎さんをじっと見た。好奇に満ちた目。白兎さんはいつも私の話をじっくり聞いてくれる。
「んー……仕事は順調なんですけど」
「けど?」
「…後輩が、ちょっと」
話しちゃおうかなぁ。
私は悩んでいた。何でも聞いてくれる白兎さんだけど、せっかくの白兎さんとのランチにアイツの話を持ち出すのも、ちょっと。それに白兎さんの方が、私なんかよりもっとたくさんの部下を抱えて大変なんだろうから。
「後輩かぁ。上に立つものの常の悩みの種ってやつか」
白兎さんは柔らかく笑ってカプチーノを一口。その優雅な動きに見とれた一瞬。――気付いてしまった。
白兎さんの左手の薬指に光るモノ。それは俗にいう――
「直属の子?」
「…、あ……いや、他部署の後輩です。何処かはわからないんですけど苦手なタイプなんですよ」
一瞬対応が遅れてしまったのを慌てて取り繕う。
「苦手なタイプ、か」
白兎さんが曖昧な笑い方をしたので今度は私が尋ねてみた。
「白兎さんは昔苦手な部下っていなかったんですか?」
「まぁさほどはね。でも実はちょうど今、新しい部下が出来てね」
白兎さん曰わくその新入りとは相当の変わり者らしい。しかし仕事は相当デキるんだとか。
「苦手なタイプじゃないけど少し動かしにくい奴かな」
白兎さんでもそんな風に感じること、あるんだ。そりゃ誰にでも馬が合う合わないはあるもんな。それを私が気にする必要はない。
「そんなもんだろ」
ニコッと微笑まれて私は少し笑ってはい、と返した。
また会議だと笑った忙しそうな白兎さんと別れてから私はオフィスに戻る前に余った時間を潰すことにした。ビルに入ってエレベーターへ。目指すは屋上階。今は風に当たりたい気分だった。
チン。短い音とともに開くドア。目の前にあるエレベーターフロアと屋上を繋ぐ扉のドアノブを掴み捻ろうとした時、
「…私、チェシャ猫くんが………好き」
ああ、何たって今日という日は。
本日二度目の憂鬱
この扉がひどく重いものに感じるのはアイツの名前を聞いたから?