Clap log

□猫を被った悪魔
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「アリスさぁ〜ん」

もう昼になるだろうという頃、会社の廊下を歩いていると後ろから名前を呼ばれた。
普段この甘ったれたようなふざけた口調で話す奴は一人しかいない。私の会社の後輩で男の癖に女みたいに私よりよっぽど可愛くて私の同僚の女子にも人気がある。なんだか笑顔が天使のようだとか。会社中の女子はみんなこいつの見かけに騙されているのだ。私からすればただ見かけが可愛いだけでいつもヘラヘラしていて何考えているのか読めない、中身がいかにも弱々しそうな男である。仕事上の付き合いだけであまり親しくないのでよくは知らないが、私はこういう奴が嫌いだ。
だから私は相手がわかった瞬時に眉を顰めて思い切り嫌な顔をしてその声の主に振り向いた。

「な・に」

「そんな嫌そうな顔しないで下さいよ〜ぅ」

チェシャ猫は明らかに眉を下げて悲しそうな顔をしてくるも無視。無視無視。

「何なの。私これでも忙しいのよ」

「えっと〜僕これからお昼なんですけど〜もしよかったらアリスさんも一緒に食べませんか〜」

「パス。忙しい」

所謂天使のスマイルをバッサリ切り捨てて即座に立ち去ろうと「じゃ」と猫に背を向けると、腕をガシッと掴まれた。

「アリスさん酷いですよ〜!そんなバッサリ〜」

「ちょ、放してよ。言ったでしょ、忙しいの!」

「お昼くらい仕事のこと忘れないと〜」

「無理。大体あんたなんで私なんか誘うのよ。特に親しいわけでもないでしょう。他の子誘いなさい他の子を!」

「え〜だってアリスさんと食事とか面白そうだし〜」

一瞬こめかみがピクリと動いた。コイツ…私を先輩だと思ってないな。
こういうタイプははっきり言わないとわからないらしい。

「あのね、私あんた好きじゃないの。そのヘラヘラしたとこすっごく嫌。いかにも弱々しくてやる気あんの?って感じ。シャキッとしないし語尾伸ばすし何考えてんのかわかんないし無駄に可愛いとこが嫌い。わかったら話しかけないで。私忙しいの」

チェシャ猫は目をぱちくりとさせて止まってしまった。それを見てはっとする。
ちょ、ちょっと言い過ぎたかな…いくらなんでも。さすがにこんなに言うつもりはなかったのだが勢いでつい言ってしまった。しかも無駄に可愛いところが嫌いってどんな理由だよ。これじゃまるでただのひがみだ。まあ本音は本音なのだが。

あのー…ごめ、私がそう謝ろうとするとぷっと吹き出す音がした。
吹き出す?
目の前でチェシャ猫は声を立てて笑っていた。

「アリスさんはやっぱり面白い人ですね〜」

は?私は一瞬ぽかんとしてしまった。笑うチェシャ猫の顔はいかにも愉快そうで。目にうっすら涙を浮かべ笑っている。そんなにおかしかっただろうか。

「語尾も態度も可愛い後輩の仕様なんですけど、アリスさんはお気に召しませんでしたか。会社の女性陣には好評なんだけどなぁ。まぁ僕が本当にアリスさんが思ってるような奴かどうかはこれから付き合っていけばわかることですし。何考えてんのかわかんないって言いますけど、僕はアリスさんのこと考えてるんですよ?」

チェシャ猫は妖しく笑った。
何これ何これ何これ。こいつなんでこんなに態度違うの。落ち着け私。仕様って、つまり演技ってこと?こいつこんなに計算高い奴だったの?こんなに、ていうか私のこと、考えてるって


「あと僕からすればアリスさんの方がよっぽど可愛いと思うんですけど」

ね、ってそんな目を細めて爽やかに笑う笑顔が黒い。黒すぎる。こいつ実は可愛くもなんともないぞ。天使なんかじゃない、歯の浮くようなセリフを言ってのけるこいつは、

猫をかぶった悪魔

嫌いな天使の後輩が悪魔の後輩に昇格しました。

20130215改
 

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