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□僕にも見せて
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その後、狩人さんは家の外で私をこっぴどく叱って、今日はもう狼さんを森に返すよう念を押したあと、狩りに向かうため帰っていった。
やっと終わった…と息をつく。
「面倒なことになっちゃったなぁ…」
会わせないほうがよかったのかなぁと思いつつ伸びをする。なんだか、疲れた。
「赤ずきんさん」
「う、わ!」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには人型に戻った狼さんがいた。
「び、びっくりさせないでよ!」
「あはは、すみません」
狼さんは、私の気も知らないでほわほわとした笑みを浮かべている。
それを見たら、なんだか私だけ考え込むのも馬鹿らしくなってきた。
ふと足下に目線を下ろすと、包帯が巻かれた足首が見えた。
「きつくない?それ」
「あぁ、大丈夫ですよ」
真っ白い包帯が幾重にも巻かれているそこは、何とも痛々しい。私が眉を顰めていると、狼さんは私の手をぎゅっと握った。
「治療を頼んでくれて、ありがとうございます」
顔を上げると、そこには狼さんのいつもの優しい笑顔があった。
私は、やっぱり診てもらってよかった、と思った。
***
「あのひとは、どんな方なんですか?」
「あぁ、狩人さん?」
ソファに座って二人でお茶を飲んでいると、狼さんが尋ねてきた。
「昔からうちがお世話になってる人。家族ぐるみで付き合いもあって、よく獲物をうちに届けに来てくれるのよね。小さい頃は、よく遊んでもらったなぁ」
狩人さんは、仲のよい幼馴染みであり、お兄ちゃんのような人だ。小さい時はいつも意地悪ばかりされたけど、色々守ってくれる頼れる存在でもあった。
「だから、先ほども仲がよかったんですね」
「えぇ?嘘。仲よかった?叱られてただけよ」
なんとなくカップの紅茶に映る自分を眺めながら、昔のことを思い浮かべる。
「狩人さんはね、心配性なの。昔っからそう。子どもの頃、私が木に登っただけですっごく心配して、怒ったりして」
そうだ。狩人さんはいつも私を心配してくれた。変わらないなぁ。
「そうそう、前に一度、森で迷子になったことがあってね。結局日が暮れてから何とか家にたどり着いたんだけど、そのときも外が真っ暗になるまで私のこと捜してくれてたって言ってたっけな」
私が幼いときのことを思い出しながら笑っていると、狼さんが手にしていたカップをコトリとテーブルに置いた。
「あなたのことが、大切だからでしょう」
「うーん、そうね…。昔から家族みたいなもんだったし。私が危なっかしいみたい」
くすくす笑いながらお茶を一口啜ろうとカップを傾けると、突然それが遮られる。カップには狼さんの手が添えられていた。
「…僕はあなたのことを何も知らないんだ」
俯きながらぼそりと呟かれた言葉は、小さすぎてよく聞こえなかった。
「なぁに?」
いきなりのことに隣に座る狼さんの顔を覗きこめば、彼は真剣な顔で私を見返した。
その表情に、ドキリ、と心臓が鳴る。
瞬間、にわかに弛んだ指先からするりとカップを取り上げられる。気づけば狼さんはさっきよりもずっと、私に近付いていた。
「もっと、見せてください」
いつもの柔らかいだけじゃない、眼差し。それを見て、私は思わず固まってしまった。
「僕にも、もっと」
彼の手が、ゆっくり近付いてくる。指先が、私の頬に触れる。
「色んなあなたを、僕に」
見せて。
細められた瞳の奥、密かな獰猛さを、見た。
20130326