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□まるで忠犬
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「………」
目の前の状況に、狩人さんは絶句していた。
なぜなら、狼が私の脚に擦りよって、犬のようにクゥクゥ鳴いているのだから。
「(ちょっと大袈裟だけど…野生の狼でも害がないってわかってもらうためには、これくらいしないと駄目だよね…)」
計画通りに私に媚びる獣姿の狼さんをちらりと見下ろせば、彼は狩人さんに見えない角度からウインクをした。
狩人さんを家に入れる直前、診てもらいたいのが野生の狼であること、大変大人しく出逢ってから一度も襲われたことはないということ、人間には害を与えないからどうか手を出さないでほしいということだけ一方的に捲し立てた。
話が予想外過ぎたらしい狩人さんは、意味がわからないからちゃんと説明しろ、と言ってきた。当然だろう。私は、出逢った時期、狼さんの特徴など話せることは話して、出逢った経緯は簡単に誤魔化し、人間の姿になれることは黙っておいた。
「赤ずきん」
「何?」
ようやく言葉を絞り出した狩人さんは、背中のライフルにかけた手を離して私に話しかけた。
「あとで説教覚悟しとけよ」
本気で私を責める見開かれた眼に、私は苦笑いしながら返事をした。
***
怪我したときの様子やその後の経過を私から聞くと、狩人さんはあっという間に治療を終えた。負傷した足首に薬を塗りこんで包帯を巻くと、やはり安静にさせるのが一番だと言った。治療中も狼さんは狩人さんが驚くほど大人しかった。
「こいつは人に飼われていたのかもしれないな…。じゃなきゃ野生の狼がこんなに大人しくて人懐こいはずがない」
狩人さんは不思議そうに狼さんの脚を撫でる。流石たくさんの動物を見てきただけあって、狼さんに全く敵意がないことを理解したらしい。完全ではないにしろ、いくらか狩人さんの警戒は薄らいだようだ。
私は狩人さんの言葉を軽く笑って流すしかなかった。まさか人の言葉をすべて理解しているとは思わないだろう。
「…とりあえず、今日できるのはこれだけだ。あとは定期的に薬を塗ってやるしかない」
「ありがとう。町医者には迂闊に見せられないし…。もーほんと助かった!」
「助かった、じゃねぇ!こンの、ド阿呆!」
「痛っ!」
ぺちんっと頭を叩かれて、頭を押さえる。
「ひっぱたかなくたっていーでしょー!」
「うるせぇ!野生の狼連れ込むなんてどういう神経してんだお前は!襲われたら下手すりゃ怪我じゃすまねぇんだぞ!」
「だ、だって怪我してたんだから仕方ないじゃない!」
「それにしたってすぐ俺に連絡するとかもっと他に方法があんだろうが!女一人でばあちゃん家に匿うなんて無謀にも程があるだろ!」
「そんなこと言ったって…!」
事情が事情なだけあって、まともに反論できない。私はぐっと言葉を飲み込んだ。そのとき。
ぐい。
突然、後ろから引っ張られる感覚。私が振り向くと、そこには私の服を軽く噛んだ狼さんがいた。すぐそばで狩人さんがぐっと構えたのが気配でわかった。
狼さんはそのまま尻尾を振って甘えだす。
「え、ちょ、」
そして私の左手をぺろぺろと舐め始めた。くすぐったさに思わず笑いがこぼれる。狼さんは尻尾を振りながら私の前に移動すると、まるで狩人さんから庇うようにそこに座り込んだ。
「…相当お前が気に入ってるみたいだ」
狩人さんはそう言って脱力しながら、ひとつ大きく息を吐く。
「まるで忠犬だな」
私はやっぱり、その場で苦笑いするしかなかった。
20130326