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□呼ぶのは少し恥ずかしい
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「あなたは念のため、町医者にでも診てもらった方がいい。頭を軽く打っているかもしれない」
「じゃあ、あなたも一緒に…」
「僕は街には出られません。こんな格好をしていても、狼ですから。獣の姿にでもなったりしたら大騒ぎになる」
「でも…その怪我で、どうするの?」
「しばらくは大人しくすることにします」
「……」
男は何でもないことのように、笑いながら淡々と話している。多分、というか絶対、私に気を遣っている。しかし、私は不安と罪悪感でいっぱいだ。
「そんな顔をしないでください。僕なら大丈夫です」
「だって…」
そのとき、ハッとしてあることに気がついた。
「あっ、あなた仲間はいないの?家族とか。狼って群で行動するんじゃなかった?」
男は首を横に振る。
「僕に仲間はいないんです」
「そう…」
男はどこか遠くを見るように目を逸らした。
このままじゃ、怪我の治療ができない。どうしようか下を向いて悩んでいると、ふと気配を感じて顔を上げる。男は私に向かって手を伸ばしていたが、目が合うと動きをぴたりと止めた。私が首を傾げると、男は再び腕を伸ばした。そしてそっと私の前髪に触れて、優しく撫でた。
「僕の心配は要りません。これでも一応野生の獣ですから、自然治癒の能力はあなたよりも高い。勝手に治りますよ」
ね、とあやすように言われる。私は乱れていた前髪に触れながら、納得がいかない、という目で男を見た。
男はそんな私を見て笑う。
「…なんで笑うの」
「あなたがとてもお人好しで優しいからです」
「普通のことでしょ。……ていうかそれ、褒めてる?」
「勿論」
男はまた、おかしそうに笑った。
***
それから倒れた本棚を立て直して、散らばった本を片付けた。椅子の脚はぐらついていて、後で直さなければいけない。男は手伝いたがったが、怪我人(狼)なためさすがに頑なに断り、一人で片付けた。
「赤ずきんさんは頑固ですねぇ」
「うるさいわね…」
赤ずきん。男は私を“お嬢さん”と呼ばなくなった。
指で、自分の唇に触れる。
「…みさん」
「え?」
ぼそりと呟くと、男が聞き返した。
「せめて意志が固いと言ってほしいわね、狼さん」
さらりと言って、そっぽを向く。
だから私は知らない。
私の耳が赤いことも。それを見て狼さんが笑ったことも。
20120624