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□脱出と負傷
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結局男が背中で本棚を持ち上げ、私もなんとか手を伸ばして男の後ろの本棚を押し上げて手伝って、やっと本棚の下から抜け出すことができた。
二人で這い出たままカーペットの上に座り込む。なんだか無駄に疲れた気がする。
「ったく、…あんなことしてる場合じゃないでしょ!」
「…すみません。あなたのにおいがすぐそばにあったものですから、つい…」
「つい、じゃない!」
男は耳を垂れて目に見えてしゅんとした。…が、騙されてはいけない。ちょっとかわいいかも、とか思ってはいけない。
「でも」
男がへにゃりと笑う。
「あなたはとてもいいにおいがしました」
「!」
この期に及んで…にこにことした穏やかな顔に似合わぬ危ない台詞をさらりと言ってのける。
「…また殴られたい?」
「え、遠慮します…」
ギロリと睨むと男は苦笑いしてお手上げのポーズをした。
……まったく、こいつといると心臓がもたない…。
「それより、本当に怪我はないんですか?」
「え?あぁ…」
急に真剣になった男に一瞬何のことかわからなかった。
「本当に大丈夫よ。お尻から落ちたから頭は強く打たなかったし…それに…」
あなたが助けてくれたから。
そう言おうとして、止めた。また調子に乗られても困るし、それに不可抗力とはいえ男と体が密着したことを思い出して、恥ずかしくなったからだ。
男が不思議そうに首を傾げる。慌てて話題を変えた。
「私のことはともかく!あなたはどうなの!?」
「あぁ、僕なら何ともないですよ。この通り…、っ!?」
立ち上がろうとした男の片脚がかくんと折れて、またその場に座り込んでしまった。
「ちょっと、大丈夫!?」
「あはは、やっちゃいましたねぇ」
「笑ってる場合じゃないわよ!…見せて!」
男の靴を急いで脱がして足首を見ると、そこは赤く腫れていた。
「ちょっと、これ……!」
バッと振り返ると、倒れた本棚の下に椅子が見えた。私が掃除のときに脚立に使っていた椅子だ。
「あそこに…挟んだの?」
男は苦笑いした。
本当だったら私が椅子と床の間に足を挟んだかもしれない。私を庇って、怪我をしたんだ。
***
すぐに氷水に浸したタオルで腫れ上がった場所を冷やす。赤くて、熱を持っている。……痛そうだ。
「…私のせい、ね…」
「違います」
「だって、私を庇ったから……!」
「僕が勝手にしたことです。あなたが気にする必要はありませんよ」
「でも…!」
「僕は人間より耳がいいので、あなたが咳き込むのが聞こえたんです。反射神経だってあなたの数倍はいいはずなんだ。…もっと速く反応して助けていれば、あなたが下敷きになることも、僕の足がこうなることもなかった」
男が腫れた足首を見つめる。そして視線を上げ、私を見た。
「でも、人間だったらあなたを庇うことすらできなかったかもしれない。そこは役に立ったようですね」
「……」
「あなたに怪我がなくて、よかった」
安心させるように、私に微笑みかける。
それは昨夜別れ際には見せなかった、あの柔らかい笑顔だ。
20120624