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□伝えたかった言葉
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大の男がうつ伏せに乗っているのに加え、本棚の負荷もある。しかし、男はどうやら完全に脱力したわけではなく、未だ私を庇うように少し力を込めているようで、そこまで肺が圧迫されて苦しい感覚はなかった。

でも、
ちょっとこの体勢は……。

「すみません」

急に男が小さく呟いた。私は思わず男の方に首を捻ろうとして、すぐそばに男の頭があることを思い出し、慌てて止める。

「昨日、あなたに近づいたり触れたりしないと約束したばかりで、こんな……」

男のしょげるような声に、私は小さくため息を吐く。

「それとこれとは別でしょ。助けてくれたんだから。だいたい、別にそこまで求めてないし。昨日だって……」

ハッと思い出して、また言葉を飲み込む。……そうだ。こいつとは気まずかったんだっけ。……忘れてた。

黙り込んだ私の様子を見て、男も気まずそうにする。

ああ、もう。
まただ。

「………別に、…あなたのことが、嫌なわけじゃ………ない」

ぽつり。小さな声でゆっくり呟く。

「…ただ、やっぱりまだ、心を許しきれていないから…条件反射というか……その…」

一語一語を辿るように、ぎこちなく。でも、顔を見ながらではないせいか、言葉は思った通りに紡がれていく。

「だからつい反応しちゃうだけで、その…あなたのことを嫌ってるわけじゃ…ない…から……」

ぎゅ、と唇を噛んで、目を閉じる。息を吸って、

「だから昨日、モップで殴ろうとして…ごめん。あと、夜は、助けてくれて……………ありがと」

言えた。やっと、言えた。飲み込んだ気持ちを吐き出して、私はふう、と静かに息を吐いた。

男は黙ったまま返事をしない。私は不安になってきた。

「…あの、」

「…よかった」

「え?」

男のぼそりとした声が聞き取れず、思わず聞き返す。

「あなたに……嫌われたのかと。そうでないのなら、……よかった」

…ドクン。

男が安堵した様子で囁く。
その言葉に鼓動が跳ねて、目を見開いた。

20120624


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